適度な運動は、腸内細菌を健康に保つための大きな要因です。
ドイツ・テュービンゲン大学が主導した新しい研究によると、週にわずか2〜3回のウエイトトレーニングでも、わずか8週間で腸内に棲む数兆個の細菌群に顕著な変化が生じる可能性があることが示唆されました。
運動習慣のなかった人々がレジスタンストレーニングを開始したところ、腸内細菌叢に注目すべき変化が見られたと報告しています。
特に酪酸の酸性に関わる細菌に変化が見られたとして注目されています。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Does resistance training really improve your gut microbiome?(2025/10/13)
参考研究)
・Resistance Training Reshapes the Gut Microbiome for Better Health(2025/08/13時点では査読前)
腸内細菌叢と健康の関係

人間の腸内には細菌・真菌・ウイルスなどの微生物が共存しており、その多くは大腸に棲んでいます。
これらの微生物は、体内で消化できない食物を分解し、栄養素やビタミンの吸収を助ける重要な役割を果たしています。
特に一部の細菌は「有用菌」として知られ、身体的にも精神的にも健康な人々に多く見られる傾向があります。
これらの菌は、幸福感や心身の安定に関わる代謝物質を生成すると考えられています。
腸内細菌叢の構成は固定されたものではなく、食事内容・年齢・睡眠の質、そして運動習慣といった要因によって大きく変化します。
今回の研究は、その中でも「運動」、特にレジスタンストレーニング(筋力トレーニング)が与える影響に焦点を当てています。
テュービンゲン大学による8週間のトレーニング実験

研究チームは運動習慣のない150人を対象に、週2〜3回、8週間にわたってレジスタンストレーニングを実施しました。
参加者は、「軽めの負荷で15〜20回の反復を行うグループ」、「重めの負荷で8〜10回を行うグループ」の2つのグループに分けられました。
トレーニング内容はチェストプレス、腹筋運動、レッグカール、レッグプレス、背筋運動などで、各種目2セットずつ行われました。
結果として、両グループとも筋力と体組成に同様の改善が見られたと報告されています。
研究者たちは、プログラム開始時、4週目、8週目の3回にわたって便サンプルを採取し、腸内細菌叢の変化を追跡しました。
「ハイレスポンダー」と「ローレスポンダー」の違い
8週間の間に参加者の中には著しく筋力を伸ばした人と、そうでない人が存在しました。
研究者たちは被験者を、ハイレスポンダーとローレスポンダーの2つに分類しました。
•「ハイレスポンダー(高反応群)」=平均33%以上の筋力増加を示した
•「ローレスポンダー(低反応群)」= 12.2%未満の増加にとどまった
興味深いことに、初期の筋力レベルが高いほどトレーニングへの反応が良かったという傾向が見られました。
しかしさらに注目すべき点は、筋力の伸びが大きかった人ほど腸内細菌叢にも特異的な変化が見られたということです。
筋力向上と腸内細菌の関係

ハイレスポンダー群では、16種類の細菌が増加し、11種類が減少していました。
中でも特に注目されたのは、FaecalibacteriumとRoseburia hominisという2種の細菌です。
これらは酪酸(ブチレート)と呼ばれる短鎖脂肪酸(Short-chain fatty acids: SCFAs)を産生します。
酪酸は、腸内細菌が食物繊維を分解する過程で作られ、「体内のエネルギー源」や「腸壁を健全に保ち、有害菌の侵入を防ぐ」など、健康維持に欠かせない働きを持っています。
過去の研究でも、運動によってFaecalibacteriumやRoseburia属が増加することが報告されています。
しかし今回の研究では、これらの菌が増加した一方で、便中の短鎖脂肪酸そのものは増えていなかったことも明らかになりました。
この結果は、菌の存在量が増えても、その代謝物の生成量は必ずしも比例しない可能性を示唆しています。
「善玉菌」だけでは語れない複雑な現実
しばしば「善玉菌」や「悪玉菌」という単純な分類で語られますが、研究チームはこの考え方に警鐘を鳴らしています。
今回の研究でも、一般的に健康によい影響があるとされる細菌が減少し、逆に健康に悪い影響があるとされる細菌が増加するケースも見られました。
このことは、腸内細菌叢の働きが個人ごとに大きく異なるという重要な事実を示しています。
同じ菌でも、個人の健康状態や生活習慣によって果たす役割が異なる可能性があるのです。
因果関係はまだ不明確
もう一つの重要な点は、腸内細菌の変化が筋力向上を引き起こしたのか、それとも筋力向上が細菌叢の変化をもたらしたのかが分からないということです。
この種の研究は相関関係を示すことはできますが、因果関係を証明することはできません。
腸内環境は多くの要因に左右されるため、すべてを予測するのは難しいのです。
また、運動だけでなく、食事は特に腸内細菌に強く影響します。
参加者には「食生活を変えないように」と指示されましたが、人が実際に何をどれだけ食べたかを正確に把握するのは困難です。
そのため、一部のハイレスポンダーがトレーニングに伴い意識的に食生活を改善した可能性も否定できません。
もしそうであれば、それが腸内変化にも影響した可能性があります。
それでも運動の価値は明白
今回の研究は小規模かつ査読前の段階であり、結論を断定するには時期尚早です。しかし、結果は明るい兆しを示しています。
つまり、日常的な運動が腸内の微生物環境を変化させる可能性があるということです。
さらに、これまでの多くの研究が示しているように、運動は心身の健康を総合的に向上させることが明らかです。
したがって、腸内細菌叢への直接的な効果が完全に証明されていなくても、レジスタンストレーニングを含む定期的な運動は健康的な生活の重要な柱であることに変わりはありません。
この研究は、私たちのライフスタイルと腸内の微生物世界の関係を解き明かすための新たな一歩と言えるでしょう。
まとめ
・週2〜3回・8週間のレジスタンストレーニングで、腸内細菌叢に顕著な変化が見られた
・FaecalibacteriumとRoseburia hominisの増加が観察され、これらは酪酸を産生する有用菌として知られている
・ただし、因果関係や食事の影響についてはまだ不明確であり、さらなる査読・研究が必要である


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