私たちが眠っている間、体内では「成長ホルモン(hGH)」が分泌され、筋肉や骨を修復・再構築する働きが行われています。
しかし、なぜ睡眠と成長ホルモンがこれほど密接に関わっているのか、その詳細については長年不明な点が多く残されていました。
このたび、カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)の研究チームが、マウスを対象とした精密な脳回路の解析を通じて、睡眠中の成長ホルモン分泌を制御する特別な仕組みやフィードバックループを明らかにしたと報告しています。
この成果は、二型糖尿病やアルツハイマー病など、睡眠障害に関連するさまざまな疾患の理解や治療法の開発に寄与する可能性があります。
言い換えれば、睡眠の解明は健康全般を理解するための重要な鍵となるのです。
今回のテーマはそんな睡眠が脳に与える影響についてです。
参考記事)
・Study Reveals Brain System That Repairs Your Body While You Sleep(2025/09/23)
参考研究)
・Neuroendocrine circuit for sleep-dependent growth hormone release(2025/06/24)
成長ホルモンと睡眠の関係
成長ホルモンはその名の通り、成長や組織の修復に関わる中心的なホルモンです。
骨や筋肉の再生を助けるだけでなく、糖や脂肪の代謝を調整する作用を持ち、適切な量が確保されない場合、肥満や糖尿病、さらには心血管疾患のリスクが高まることが知られています。
これまでの研究でも、成長ホルモンの分泌が睡眠と深く関わることは血液検査を通じて明らかにされてきました。
しかし、実際に脳のどの回路がその調節に関与しているのかは、十分に理解されていませんでした。
今回の研究を率いたUCバークレーの神経科学者 Xinlu Ding は次のように述べています。
「これまで人々は、血液中のホルモン濃度を測定することで、睡眠と成長ホルモンの関係を推測してきた。今回、私たちはマウスの脳活動を直接記録することで、実際に何が起こっているのかを調べた。これにより、今後の治療法開発のための基盤となる回路モデルを提示できた」
マウスでの脳回路解析

研究チームは、マウスの睡眠・覚醒サイクルの複数回にわたり、脳神経活動を直接記録しました。
その結果、レム睡眠(REM睡眠)とノンレム睡眠の両方で成長ホルモンは増加していましたが、それぞれの睡眠段階でホルモン分泌を促進・抑制するニューロンの影響の仕方が異なることがわかりました。
さらに、覚醒に関わる青斑核(locus coeruleus)という脳領域が、この分泌システムにおいて重要なフィードバックループを形成していることも判明しました。
これは、睡眠とホルモン分泌が一方向的な関係ではなく、相互に影響し合うバランスの上に成り立っていることを示しています。
研究に参加した神経科学者 Daniel Silverman は次のように説明します。
「この結果は、睡眠と成長ホルモンが緊密に釣り合ったシステムを形成していることを示している。睡眠が不足すれば成長ホルモンの分泌は減少し、逆にホルモンが過剰になれば脳が覚醒状態に傾いてしまう」
睡眠と代謝、健康への影響
この発見は、成長ホルモンの主な役割である成長促進にとどまらず、代謝や認知機能との関連性にも新たな視点を与えています。
成長ホルモンは血糖や脂質の処理を調節するため、分泌が不十分な状態が続くと、肥満や糖尿病、さらには心血管疾患のリスクが増大する可能性があります。
また、青斑核は覚醒レベルや注意力の調整にも関わるため、今回の研究で明らかになった仕組みが日中の認知機能や注意力の維持に影響している可能性も示唆されています。
ただし、この点についてはまだ十分に検証されておらず、ヒトでも同様に作用するかどうかは今後の研究が必要です。
ヒトへの応用の可能性と課題
研究成果はマウスを用いた実験に基づいています。
そのため、人間の脳でも同じように働いているかどうかは未確認であり、さらなる研究が必要です。
しかし、類似性が高いと考えられることから、将来的には睡眠障害の改善や成長ホルモン分泌の正常化を目的とした新しい治療法の開発につながる可能性があります。
Silvermanは次のように述べています。
「成長ホルモン分泌を調節する神経回路を理解することは、最終的に新しいホルモン療法の開発につながる可能性がある。たとえば、青斑核の興奮性を抑える新しい遺伝子治療の手法など、これまで考えられていなかったアプローチが現実味を帯びるだろう」
今後の展望

この研究は、睡眠と成長ホルモン分泌が互いに調和しながら、体の成長や修復、代謝の健康を支えていることを示しました。
しかし、依然として解明すべき課題は多く残されています。
とくに、ヒトにおいてもマウスと同様の回路が機能しているかどうかは未解明であり、臨床応用への道のりはまだ長いといえます。
それでも、睡眠とホルモンの関係に関する理解が深まることで、糖尿病や認知症を含む多くの疾患に対する新たな治療戦略が見えてくる可能性があります。
睡眠研究は今後も医療や健康科学における重要な領域として発展していくことが期待されます。
まとめ
・睡眠中の成長ホルモン分泌を制御する脳回路が、UCバークレー校の研究によってマウスで解明された
・青斑核を含む神経フィードバックループが、睡眠と覚醒、そしてホルモン分泌のバランスを保っている
・ヒトでも同様の仕組みが働いているかは未確認であり、将来的な治療応用にはさらなる研究が必要


コメント