メトホルミンは、二型糖尿病の血糖管理に用いられる代表的な薬として、60年以上にわたり世界中で処方されてきた治療薬です。
その効果は広く認められているものの、これまで研究者たちは、この薬がどのようにして血糖値を下げているのか、その正確な作用機序を完全には理解できていませんでした。
ところが、今回の新たな研究により、メトホルミンが脳に直接作用している可能性が浮かび上がり、これまでの定説を大きく覆す結果となりました。
この発見は、糖尿病治療の新たな方向性を示すとともに、脳を標的とした革新的な治療法の開発へとつながる可能性を秘めています。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・After 60 Years, Diabetes Drug Found to Unexpectedly Impact The Brain(2025/09/18)
参考研究)
・Low-dose metformin requires brain Rap1 for its antidiabetic action(2025/0930)
メトホルミンの従来の理解とその限界

従来の医学的理解では、メトホルミンが血糖値を下げる主な仕組みは「肝臓での糖産生を抑制すること」と考えられてきました。
さらに近年では、腸内における作用、つまり腸を介した血糖コントロール機構も注目されてきています。
バイラー・カレッジ・オブ・メディスンの病態生理学者であるMakoto Fukuda氏は、「メトホルミンが血糖値を下げるのは主として肝臓における糖の産生を減らすことによる、という理解が広く受け入れられている。しかし、過去の研究では腸を介した作用も指摘されていた」と述べています。
このように肝臓や腸に焦点を当てた説明が主流であった一方で、脳が全身の糖代謝を調節する「中枢的な司令塔」として機能していることは古くから知られており、研究チームはその点に着目しました。
新研究が示した脳内での作用機序
今回発、バイラー・カレッジ・オブ・メディスンの研究チームが主行った、マウスを用いた実験から、メトホルミンと脳との深い関係が明らかになりました。
同チームによる過去の研究において、脳内に存在する「Rap1」というタンパク質が糖代謝に影響を及ぼすことを発見していました。
特に、視床下部の腹内側部(ventromedial hypothalamus, VMH)と呼ばれる領域が重要であることが明らかになっていました。
今回の研究では、マウスの脳内に直接メトホルミンを注入したところ、血糖値が有意に低下することが確認されました。
つまり、メトホルミンは肝臓や腸だけでなく、脳の特定部位に作用して血糖コントロールを行っていることが強く示されたのです。
さらに、Rap1を持たない遺伝子改変マウスを用いた実験では、メトホルミンを投与しても糖尿病に類似した症状を改善できませんでした。
他の薬剤では改善が見られたため、メトホルミンの効果はRap1の存在に依存していることが分かりました。
これは、メトホルミンが従来知られていなかった脳内の特異的な経路を介して作用している強力な証拠といえます。
SF1ニューロンと新たな治療の可能性
研究チームはさらに踏み込んで、メトホルミンがどの神経細胞に影響を及ぼしているのかを解析しました。
その結果、SF1ニューロンと呼ばれる神経細胞が活性化されていることが判明しました。
これは、メトホルミンがVMHに存在するSF1ニューロンに直接作用し、それによって血糖値を調整している可能性を強く示唆しています。
この発見は、将来的により標的を絞った糖尿病治療薬の開発へとつながる可能性があります。
具体的には、SF1ニューロンを直接的に調整する治療法や、メトホルミンの作用を強化するような薬剤の開発が視野に入ります。
メトホルミンの特性と今後の展望

メトホルミンは、安全性が高く、副作用が比較的少なく、長期間にわたり使用可能で、さらに価格も比較的安価であるという特長を持っています。
現在も二型糖尿病の第一選択薬として広く使われており、血糖値を下げるだけでなく、インスリン感受性を高め、肝臓での糖産生を減らす作用を持っています。
今回の研究で、メトホルミンが肝臓・腸に加えて脳を介しても作用している可能性が示されたことで、研究者たちは「この発見はメトホルミンの作用機序に対する考え方を根本的に変えるものである」と強調しています。
また、いくつかの研究では、メトホルミンが脳の老化を遅らせる効果や寿命の延長効果を持つ可能性が報告されており、今回の発見はそのような知見とも関連していると考えられます。
今後、脳をターゲットにしたより幅広い治療や予防医学の可能性が広がると期待されています。
今後の研究課題
ただし、この研究はマウスを対象とした動物実験であるという点に注意が必要です。
人間においても同様のメカニズムが確認されるかどうかは、現時点では不確かです。
研究者たちは、「ヒトでの臨床試験を通じて、この作用経路が実際に存在することを確認する必要がある」と述べています。
つまり、今回の成果は大きな一歩ではありますが、まだ人間への応用には時間がかかる可能性があるということです。
今後の研究により、メトホルミンの効果を強化する方法や、より効果的に作用させる新しい治療法が開発されるかもしれません。
まとめ
・メトホルミンは肝臓や腸だけでなく、脳を介して血糖値を調整している可能性があることが判明した
・研究では、視床下部のVMH領域に存在するRap1とSF1ニューロンが重要な役割を果たしていることが示された
・ヒトにおける実証はこれからですが、将来的により標的を絞った糖尿病治療や、老化予防など幅広い応用が期待されている


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