カレーやチャイティーなど、香辛料として世界中の料理に広く用いられるクローブは、その温かみのあるスパイシーな風味で知られています。
乾燥したつぼみや粉末、さらにクローブオイルや抽出液の形で利用されることが多く、料理に欠かせない存在であると同時に、”丁子(チョウジ)“という名前の生薬として漢方に用いられてきた歴史も持っています。
近年、この身近なスパイスが科学的な視点から注目を集めており、特に鎮痛作用が研究者や臨床医から関心を集めています。
では、クローブは一般的に使用されているイブプロフェンなどの鎮痛薬に匹敵する力を持つのでしょうか。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・How cloves might help relieve pain and inflammation(2025/08/30)
参考研究)
・Anti-inflammatory and wound healing potential of a clove oil emulsion(2020/05/05)
クローブとその主成分「オイゲノール」

クローブは学名Syzygium aromaticum(シジギウム・アロマティクム)というフトモモ科の常緑樹の花のつぼみであり、原産地はインドネシアです。
世界各地の料理、特に香辛料のブレンドや祝祭的な料理で広く用いられています。
医療的には、最も一般的な使用法がクローブオイルであり、このオイルにはオイゲノール(eugenol)という化合物が豊富に含まれています。
オイゲノールは、電位依存性Na+チャネル遮断による局所麻酔様効果やプロスタグランジン抑制(COX活性の抑制)による痛みの緩和、炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1βなど)の転写を低下させることによる抗炎症作用などが確認されている成分です。
また、ヒスタミンやノルアドレナリンといった痛みや炎症に関与する化学物質や神経応答をブロックします。
【用語】
・ヒスタミン
免疫反応や炎症、アレルギー反応に深く関わる物質
肥満細胞(マスト細胞)と好塩基球から放出され、ヒスタミン受容体に結びつくことで体に様々な反応が起こる
4つのサブタイプがあり、そのうちH1受容体にヒスタミンが結合すると、痒みや鼻水などのアレルギー症状が現れる
・ノルアドレナリン
交感神経系の主要な神経伝達物質であり、ストレス応答(闘争・逃走反応)や注意、覚醒、循環調節に深く関わる
交感神経終末や副腎髄質から放出され、アドレナリン受容体(α・β)に結びつくことで体に様々な反応が起こる
主にα1・α2・β1受容体に作用し、これにより血管収縮、心拍出量の調節、注意・覚醒の亢進、代謝の動員(血糖上昇・脂肪分解)などが生じる
さらにオイゲノールは、炎症を引き起こし、痛みや腫れを悪化させるプロスタグランジンの生成を抑制します。
この経路は、イブプロフェンなどの抗炎症鎮痛薬が作用するのと同じ生物学的経路であり、クローブの抗炎症作用の重要な根拠となっています。
こうしたことから、オイゲノールは関節炎のような炎症性疾患に役立つ可能性が示されていますが、人間を対象とした証拠はまだ限られています。
動物実験では変形性関節症を持つラットの脚の機能改善が確認されており、ヒトにおいても同様の効果があるかについては現在も研究中です。
歯科医療における伝統的かつ実証的な活用

クローブが最も信頼性の高い科学的証拠を持つ分野は、歯科医療です。
クローブの抽出物は、筋肉痛を和らげるバームや希釈オイル、頭痛を和らげるお茶、そして歯痛用のオイルなど、さまざまな形で活用されており、13世紀にはすでに歯痛の治療に利用されていたと記録されています。(Clove (Syzygium aromaticum): a precious spiceより)
研究では、クローブが従来の局所麻酔薬と同等の鎮痛効果を持つ可能性が示されています。
たとえば、歯科治療でよく使用されるリドカインやベンゾカインといった局所麻酔薬は、神経から脳への痛み信号を遮断する働きを持ちますが、オイゲノールも同様の仕組みで作用していると考えられています。
小児歯科における研究では、リドカインジェルや氷を当てる処置とクローブオイルを比較したところ、クローブオイルが最も痛みと不安を軽減する効果を示し、子どもの治療体験をより良いものにできることが分かりました。(An In Vivo Comparative Analysis of Pain Perception in Children Following Lidocaine Gel, Clove Oil, and Precooling for Intraoral Injections: A Pilot Studyより)
成人を対象とした別の臨床試験では、クローブジェルがベンゾカインジェルと同程度に注射時の痛みを軽減し、痛みの評価スコアに有意差は見られなかったことも示されています。(The effect of clove and benzocaine versus placebo as topical anestheticsより)
さらに、クローブを用いた局所製剤はプラセボ(偽薬)よりも一貫して高い有効性を示しており、歯科処置においては鎮痛効果だけでなく抗菌作用や抗炎症作用も併せ持つ点が注目されています。
歯科以外の領域での可能性
歯科医療以外の領域においても、クローブの応用可能性が報告されています。
ある臨床試験では、クローブオイルをリドカインと併用した場合、出産時に行われる会陰切開部位での痛みがリドカイン単独よりも大幅に軽減されたと報告されています。(What is the Effect of Lidocaine Compared to Lidocaine and Clove Oil on Episiotomy Site Anesthesia: Results from a Randomized Clinical Trialより)
これは、クローブオイルが標準的な麻酔の効果を高める可能性を示唆しています。
また、実験室や動物研究では、オイゲノールやそれに類似するイソオイゲノールに抗炎症作用や抗菌作用があることが分かっています。
たとえば、大腸菌や黄色ブドウ球菌の増殖を抑える働きが確認されています。
さらに、動物モデルではクローブが肝臓を保護し、解毒作用を助ける可能性が報告されています。
加えて、クローブに含まれるナイグリシン(ニグリシン)という化合物は細胞の糖代謝に影響を与えることが示唆されており、インスリン感受性を改善し、血糖コントロールに寄与する可能性があると考えられています。(Clove bud (Syzygium aromaticum L.) polyphenol helps to mitigate metabolic syndrome by establishing intracellular redox homeostasis and glucose metabolism: A randomized, double-blinded, active-controlled comparative studyより)
さらにオイゲノールは、特定のがん細胞株に対して細胞毒性を示し、細胞を死滅させる作用があることも研究室レベルで確認されています。
しかし、これらはまだ初期段階の発見であり、人間を対象とした臨床試験は存在しません。
そのため、がん治療への応用は現時点では仮説にとどまっていることを明記しておく必要があります。
副作用と注意点

クローブは料理に用いる程度であれば安全性が高いとされていますが、濃縮されたクローブオイルや高用量の抽出物は副作用のリスクがあるため注意が必要です。
口内では水疱や腫れ、唇の刺激感を引き起こすことがあり、皮膚に塗布した場合には灼熱感や発疹が出ることもあります。
オイゲノールは大量摂取で毒性を示し、まれにアレルギー反応を引き起こす可能性もあります。
小さな量を歯痛のために使用するのは一般的に無害とされますが、飲み込むことは避けるべきです。
さらに、大量摂取した場合にはけいれんや肝障害といった深刻な副作用を招くことが知られています。
加えて、オイゲノールは血液凝固に影響を与えるため、ワルファリンなどの抗凝固薬を服用している人は特に注意が必要です。
また、動物実験では血糖値を下げる作用が確認されているため、インスリン治療を受けている糖尿病患者は血糖コントロールを慎重に行う必要があります。
今後の展望
クローブがイブプロフェンのような標準的な鎮痛薬に完全に取って代わることは難しいかもしれません。
しかし、歯科や局所的な痛みの緩和においては科学的に有効性が確認されており、さらに抗菌・抗炎症作用、肝臓保護、血糖調整など幅広い健康効果の可能性を秘めています。
現時点では補完的な治療法として利用するのが妥当ですが、長い歴史と有望な科学的根拠に支えられたクローブは、台所と医薬品棚の両方にふさわしい存在だといえます。
まとめ
・クローブの主成分オイゲノールは、痛みや炎症を抑える効果を持ち、歯科領域で特に有効性が実証されている
・歯科以外にも、出産時の痛み緩和や抗菌・抗炎症作用、血糖調整や肝臓保護の可能性が示唆されているが、現時点では動物や実験室レベルの研究段階
・高濃度のクローブオイルは副作用のリスクがあるため、使用には注意が必要


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