歴史神話

古代エジプトの幻覚剤:2200年前の土器に秘められた儀式の謎

歴史

古代エジプト文明の神秘に、新たな光が当てられました。

 

2200年前の陶器製の容器から幻覚作用を持つ植物の有機残留物が発見され、エジプト神話や儀式における未知の側面が明らかになりつつあります。

 

この発見は、これまでに知られていなかった幻覚剤を含む飲料の存在が初めて科学的に証明されたものであり、古代エジプトの宗教的儀式や日常生活における薬草の使用方法を理解するための重要な鍵となるでしょう。

 

参考研究)

Multianalytical investigation reveals psychotropic substances in a ptolemaic Egyptian vase(2024/11/13)

 

 

エジプト神の中でも特に変な神「ベス」

 

古代エジプトの神々と言えば、ヘリオポリス九柱に属するアトゥム神オシリス神、その次の世代とも言えるホルス神アヌビス神が有名です。

 

そんな神々の中でも異形として知られている神にベス神がいます。

 

ベス神の石像

 

他の神はオシリスの神殿のように固有の神殿み祀られることが多いですが、このベス神はそういった神殿を持たないという珍しい神です。

 

また、エジプトの壁画や像においても、横からのアングルではなく正面から描かれることも他の神とは違う点です。

 

身分を問わずに人々を助けたという逸話があり、大蛇(エジプトの邪神)に苦しめられる人々を助けるために、ナイフを手に取りタンバリンを叩きながら戦う姿で人気を博しています。

 

このことから民衆からの振興も篤く、音楽、喜び、出産の神として知られています。

 

 

ベスの容器を分析した結果

そんなベス神の紹介も終わったところで、今回の発見に移ります。

 

研究の中心となったのは、古代エジプトで広く崇拝された神「ベス」に関連する特殊な容器です。

 

調査された容器 Multianalytical investigation reveals psychotropic substances in a ptolemaic Egyptian vase より (フロリダ州タンパ美術館に1984年に寄贈されたもの)

 

彼は「夢や神託を与える者」としても知られていました。

 

その愛らしいながらも神秘的な顔が描かれた容器は、ベスへの信仰や儀式において重要な役割を果たしていたとされています。

 

これまで、エジプト全土でベスに関連する380以上の容器が発掘されてきましたが、これらの容器が具体的にどのように使用されていたのかについては長らく謎のままでした。

 

一部の考古学者は、これらの容器が日常生活での飲料用、宗教的儀式、あるいは魔術的な目的で使用されていた可能性を指摘していました。

 

しかし、その中身や用途についての直接的な証拠はこれまで見つかっていませんでした。

  

今回、アメリカとイタリアの研究チームが容器に精密な化学分析を行ったところ、これまで知られていなかった画期的な発見が報告されました。

 

 

発見された幻覚作用のある植物 

容器の内部からは、幻覚作用を持つ以下の3種類の植物の痕跡が確認されました。

  

1. ブルー・ウォーターリリー(Nymphaea nouchali) 

ブルー・ウォーターリリー Nguyễn Tấn Phát より

  

この植物は、古代エジプトでは神聖な存在として知られており、しばしば儀式や宗教的な文脈で使用されていました。

 

ベスが描かれた容器にもよく登場するこの植物は、精神を高揚させ、軽い幻覚作用を引き起こす効果があるとされています。

 

また、この花はエジプト美術や彫刻にも頻繁に描かれ、重要な宗教的シンボルと考えられています。

 

 

2. シリアンルー(Peganum harmala) 

シリアンルー Kurt Stüberより

 

アフリカン・ルーとしても知られるこの植物は、その種子に幻覚作用を持つ成分を含んでいます。

 

少量の摂取で夢のような幻覚体験を引き起こし、古代エジプト神話においても類似の効果が記述されています。

 

特にベスの神話では、血に飢えた女神の怒りを沈めるために、夢を誘う飲料を与えたエピソードが知られています。

 

 

3. クレオメ属の植物 

 クレオメ属の植物 (セイヨウフウチョウソウ)

 

この植物は、幻覚作用を持つことで知られ、古代エジプトにおいて薬草や儀式用の素材として使用されていた可能性があります。

 

特に宗教的儀式における役割が注目されています。

 

これらの植物が組み合わされて作られた飲料は、発酵した果実酒をベースにハチミツで甘みを加えたものだったと考えられます。

 

さらに、リコリス(甘草)のような風味が含まれていた可能性も指摘されています。

 

 

人間の体液との関係 

今回の発見で特に注目すべき点は、この飲料に 母乳、粘液(口腔または膣由来)、血液など人間の体液が意図的に加えられていた痕跡が見つかったことです。

  

これらの成分が飲料に加えられた理由については、儀式的な意味があると考えられています。

 

体液を加えることで、飲料を個人の精神的体験により深く結び付ける効果があったのではないかという仮説が立てられています。

 

また、こうした体液の添加は、特定の宗教儀式において参加者同士の一体感を高める目的もあった可能性があります。

 

 

儀式の背景と「ベスの部屋」

この容器が発見された地域には、「ベスの部屋」と呼ばれる特別な儀式空間が存在していました。

 

サッカラ遺跡近くのこれらの部屋では、夢や幻覚を誘発する儀式が行われていたと推測されています。

 

特に、出産を控えた女性たちが神の加護を求めてこれらの部屋を訪れ、成功する出産を祈ったと考えられます。

 

古代エジプトでは、妊娠や出産は非常に危険な時期でした。そのため、こうした儀式は単なる祈りではなく、精神的・肉体的な癒しを提供する役割を果たしていた可能性があります。

 

幻覚剤を含む飲料は、夢や幻覚を通じて神の存在を感じる手段として用いられたのでしょう。

  

この発見は、古代エジプト神話や儀式の科学的な解明に向けた重要な一歩です。

 

しかし、今回分析されたのは1つの容器に過ぎず、すべてのベスの容器が同じ目的で使用されたとは限りません。

 

さらに多くの容器を分析し、幻覚剤を含む飲料がどの程度普及していたのかを明らかにすることが次の課題です。

 

研究を率いた考古学者ダビデ・タナシ氏は次のように述べています。

 

この研究は、エジプト神話が科学的な真実に基づいていることを証明する重要な成果である。サッカラ遺跡近くのベスの部屋で行われた儀式の詳細を明らかにすることで、古代エジプト文明の理解がさらに深まるでだろう。

 

 

まとめ

・儀式で使われていたと思われる器に、幻覚作用のある植物の発見した

・ブルー・ウォーターリリー、シリアン・ルー、クレオメ属の植物が飲料に含まれていた痕跡がある

・これに加えて、母乳や血液など人間の体液が儀式的な目的で飲料に加えられていた可能性が高い

妊娠や出産の神であるベスを祀った儀式が、危険な妊娠期間を乗り越えるための精神的支えだったと推測される

 

 

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