私たちの記憶は脳だけに限られたものではなく、体内の多くの細胞も学習と記憶形成に関与しているかもしれません。
ニューヨーク大学(NYU)の研究者たちは、繰り返しによる学習が体全体の細胞にとって基本的に備わっている能力であることを示唆したと発表しています。
また、この研究は、休憩が学習にとって強力なツールである理由をも説明する可能性があり、記憶という謎多き分野の解明に前進が見られたようです。
以下の研究からまとめていきます。
参考記事)
・Memory Is Not Confined to Our Brains, Scientists Discover(2024/11/14)
参考研究)
・The massed-spaced learning effect in non-neural human cells(2024/11/14)
NYUの神経科学者Nikolay Kukushkin博士は、「記憶と学習は通常、脳と脳細胞だけに関連付けられているが、私たちの研究は体内の他の細胞も学習し、記憶を形成できることを示している」と述べています。
この新しい発見は、学習や記憶に関する問題の治療に革新をもたらす可能性があり、このプロセスを理解することがその鍵になると考えられています。
繰り返し学習と「集中的反復効果」
多くの人が経験したことがあるかもしれませんが、一夜漬けのような勉強の仕方は長期的な記憶の定着には不向きです。
記憶の形成には、行動や学習の反復によって脳内の神経細胞を形成する過程が大切で、何度も繰り返すことによって記憶形成が促進され、インプットされる記憶が次第に強固なものとなります。
この現象は「集中的反復効果(massed-spaced effect)」と呼ばれ、細胞レベルと行動レベルの両方で多くの動物に共通して保存されています。
集中的反復効果(massed-spaced effect)とは、『エビングハウスの忘却曲線』でお馴染みのヘルマン・エビングハウスによって提唱された概念で、一度に詰め込むよりも、時間的な間隔(Spacing)をあけて記憶したほうが定着しやすいというものです。
この「集中的反復効果」により、学習は単に知識を頭に詰め込むだけでなく、行動を繰り返し、体がその記憶を保持するような一連の化学反応を通じて強化されていきます。
つまり、神経細胞がこれらの記憶を形成するためには、繰り返しのパターンが重要であるということです。
脳外の細胞でも記憶形成が起こる
Kukushkin博士とその研究チームは、非神経細胞である腎臓細胞や神経細胞に対して同様の化学パターンを与える実験を行いました。
これにより、これらの細胞も「集中的反復効果」に反応し、同様に記憶を形成する可能性があることが初めて確認されました。
さらに、記憶形成に関与する遺伝子が神経細胞だけでなく、他の細胞でも活性化されることも示されました。
この結果は、遺伝子活性化の副産物として生じる「ルシフェラーゼ」という物質を測定することで、細胞内での記憶形成の兆候を確認することができました。
Kukushkin博士は、「間隔を空けて繰り返し学習する能力は脳細胞だけの特別なものではなく、すべての細胞に共通する基本的に備わっている特性かもしれない」と述べています。
実験では、培養プレートで育てられた非神経細胞に化学信号を与える様子が観察されました。
この研究の重要な発見は、記憶が脳だけでなく、体全体の細胞にも存在するという点です。
これにより、「体の記憶」が健康や病気のメカニズムにも関与している可能性が浮かび上がりました。
記憶形成における化学パルスの重要性(実験をより詳しく)
記憶形成がどのように起こるかは、細胞に与えられる化学パルスの回数や強度に依存します。
研究では、腎臓細胞や神経細胞にプロテインキナーゼA(PKA)とプロテインキナーゼC(PKC)という化学物質を投与しました。
これらの物質は記憶形成に関連するシグナル伝達経路において重要な役割を果たしており、これにより細胞が記憶を保持するためのサイクルが生じます。
3分間の刺激(パルス)で「記憶遺伝子」を一時的に活性化することができましたが、その効果は1〜2時間程度しか持続しませんでした。
しかし、4回のパルスを行うと遺伝子の活性が強くなり、数日間持続することが確認されました。
このように、化学パルスの回数やパルス間の時間によって記憶形成分子の活性化の強度や持続時間が異なることが示されました。
これは、私たちの神経細胞で起こる記憶形成のメカニズムと同じであるとされています。
「体の記憶」と健康管理への新たな視点
Kukushkin博士は、「記憶は脳だけでなく、体全体に存在しており、この『体の記憶』が健康や病気において重要な役割を果たす可能性がある」と指摘しています。
この研究が示唆するのは、私たちが普段意識していない体の部分にも記憶が存在し、それが私たちの健康に影響を及ぼしている可能性があるということです。
例えば、膵臓は過去の食事パターンを「記憶」しており、それに基づいて血糖値を調節しています。
同様に、がん細胞も化学療法のパターンを記憶し、再び治療に耐えるような性質を持つ可能性があります。
これにより、病気の治療法を見直す新たな視点が得られるかもしれません。
また、以前の研究で、Kukushkin博士らはPKAと「細胞外シグナル調節キナーゼ」という酵素の相互作用が増加することにより、学習能力が向上するだけでなく、学習障害を改善する効果も見られることを発見しました。
今後の研究と期待
この研究は、記憶が脳だけでなく体全体の細胞にも存在する可能性を示し、これまでの記憶研究の常識を覆すものです。
しかし、どのようにしてこのメカニズムが私たちの体の中で機能しているのか、まだ多くのことが未解明のままです。
今後の研究で、体の各部位がどのような記憶を保持しているのか、そしてそれがどのように健康や病気に影響を与えるのかが明らかになっていくことが期待されます。
この研究成果は『Nature Communications』に発表され、学術界や医療分野に大きな反響を呼んでいます。
研究を詳しく知りたい場合は、The massed-spaced learning effect in non-neural human cellsをご参考ください。
まとめ
・非神経細胞も学習や記憶形成に反応することが確認され、脳外の細胞が記憶形成に寄与する可能性が示唆さた
・記憶形成は化学パルスの回数やタイミングに依存し、非神経細胞にも同様の効果が確認された
・「体に反復された記憶」が、糖尿病管理やがん治療など、健康維持や治療に役立つ可能性がある
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