生命の起源を示す可能性を秘めた深海の熱水地域──ロスト・シティ

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大西洋中央海嶺の西側、深海に沈む海山の頂上付近には、これまで地球上で一度も確認されたことのない、奇妙で壮大な景観が広がっています。

 

そこには、暗闇の中からそびえ立つ無数の塔や柱が存在し、遠隔操作無人探査機(ROV)のライトに照らされると、淡い青白い光を帯びた幽霊のような姿を浮かび上がらせます。

 

Lost City pumps life-essential chemicals at rates unseen at typical black smokersより

  

この場所は「ロスト・シティ」と呼ばれる、極めて特異な深海熱水活動域です。

    

参考記事)

‘Lost City’ Deep Beneath The Ocean Is Unlike Anything Seen Before on Earth(2026/01/28)

 

  

ロスト・シティ

この場所は、海面下およそ700メートル(約2,300フィート)という深さに位置しており、2000年に科学者たちによって初めて発見されました。

 

その正式名称はロスト・シティ熱水フィールド(Lost City Hydrothermal Field)であり、現在知られている海洋の熱水噴出環境の中で、最も長寿命であることが分かっています

 

推定では、少なくとも12万年以上、場合によってはそれ以上の期間にわたり活動を続けてきたと考えられています。

 

ロスト・シティの最大の特徴は、その独特な地形です。

 

University of Washington/Woods Hole Oceanographic Institutionより

 

海底から突き出す構造物は、キノコほどの小さな塔から、高さ60メートル(約200フィート)にも達する巨大な一枚岩まで、実に多様です。

 

最も高い塔は、ギリシャ神話の海神にちなんで「ポセイドン(Poseidon)」と名付けられており、深海にそびえ立つ姿は、まさに人工都市の遺跡を思わせます。

 

これらの塔や煙突は、一般的な海底火山由来の熱水噴出口とは異なり、クリーム色の炭酸塩(主にカルサイト)で構成されている点が特徴です。

 

火山活動に直接依存せず、マントル由来の岩石と海水が反応することで形成されているため、その成り立ちは非常に特殊です。

 

 

マグマに頼らない熱水活動

ロスト・シティでは、地下深くから持ち上げられたマントル岩石が海水と反応し、水素やメタン、その他の溶存ガスを生成します。

 

この反応は「蛇紋岩化」と呼ばれる地球化学プロセスであり、火山の熱に依存しない点が大きな特徴です。

 

噴出口から放出される流体の温度は最大でも約40℃と、いわゆる「ブラックスモーカー」と呼ばれる高温熱水噴出口(数百℃)に比べると低温です。

 

しかし、その代わりに、水素とメタンの生成量はブラックスモーカーの最大100倍にも達することが報告されています。

 

噴出口の亀裂や隙間には、酸素がほとんど存在しない環境にもかかわらず、独自の微生物群集が形成されています。

 

これらの微生物は、炭化水素をエネルギー源として利用し、生存しています。

 

炭化水素は生命を構成する基本的な分子の一つであり、太陽光や大気中の二酸化炭素を必要とせずに生成されている点は、科学者たちの強い関心を集めています。

 

実際、炭酸塩の煙突表面には細菌の層が張り付き、深海でありながら活発な生命活動が確認されています。

 

 

極限環境に適応した生物たち 

熱水噴出孔に生息する細菌類の系 ワシントン大学より

  

ロスト・シティの煙突には、巻貝や甲殻類が豊富に生息しており、比較的低温のガスを噴出する構造物の周囲には、生命の密集地帯が形成されています。

 

一方で、カニやエビ、ウニ、ウナギといった大型生物の数は少ないものの、完全に存在しないわけではありません。

 

このことから、研究者たちは、ロスト・シティが極限環境でありながら、生態系として非常に安定している可能性を指摘しています。

 

2024年には、ロスト・シティ熱水フィールドにおいて、全長1,268メートルにも及ぶマントル岩石のコア試料が回収されるという記録的成果報告されました。

 

この試料には、数十億年前の地球環境を反映した鉱物構造が保存されている可能性があり、生命がどのように誕生したのかを解明する重要な手がかりになると期待されています。

  

なお、この研究に関与したワシントン大学の微生物学者William Brazelton氏は、2018年にスミソニアン誌の取材に対し、このように語っています。

  

「これは、現在進行形でエンケラドゥスやエウロパで活動している可能性のある生態系の一例である。場合によっては、過去の火星にも存在していたかもしれない。」

  

エンケラドゥスやエウロパは、それぞれ土星と木星の衛星であり、氷の下に海が存在すると考えられています。

 

地球の深海がそれら衛生の環境に似ている可能性について言及しており、生物の存在を期待させるものでもあります。

 

 

保護をめぐる懸念と人類の選択

しかし、この驚異的な自然環境には深刻な脅威も迫っています。

 

2018年、ポーランドがロスト・シティ周辺の深海鉱業権を取得したことが発表されました。

 

ロスト・シティそのものに直接採掘対象となる資源は存在しないものの、周辺海域での採掘活動によって生じる濁流や排出物が、生態系に深刻な影響を与える可能性が指摘されています。

 

こうした背景から、一部の専門家は、ロスト・シティを世界遺産として登録し、国際的に保護すべきだと訴えています。

  

数万年にわたり、生命のしぶとさと創造性を静かに示し続けてきたロスト・シティは、人類にとって極めて重要な「自然の記録庫」と言えます。

 

しかし、その未来は、私たちの選択に委ねられています。

 

なお、本研究分野においては、ロスト・シティと同様の熱水フィールドが他にも存在する可能性が指摘されていますが、現時点では遠隔操作探査機によって直接確認されたのはこの場所のみであり、分布や普遍性については未解明な部分が残っています。

 

  

まとめ

・ロスト・シティは、地球上で最も長寿命かつ特異な深海熱水フィールドであり、生命の起源研究に重要な示唆を与えている

・マグマに依存しない化学反応によって炭化水素が生成され、酸素なしでも成立する生態系が存在している

・深海採掘による影響が懸念されており、国際的な保護の必要性が議論されている

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