コレステロール低下薬として真っ先に思い浮かぶ薬剤と言ったら、やはりスタチン製剤でしょう。
スタチンは、肝臓でのコレステロール合成を抑え、血液中のLDLコレステロールを強力に低下させる作用があり、この成分を含むアトルバスタチンやロスバスタチンなどのスタチン製剤は、高LDLコレステロール血症治療の第一選択薬として世界中で使用されています。
その一方、筋肉痛や筋力低下(ミオパシー)、横紋筋融解症といった副作用が長年の課題となってきました。
この度、アメリカのコロンビア大学の研究チームが、スタチンによる筋肉痛が生じる分子レベルの仕組みを明らかにし、その謎に迫る重要な知見を報告しました。
今回のテーマとして、以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Scientists finally uncover why statins cause muscle pain(2026/01/16)
参考研究)
スタチン使用者の多くが直面する「筋肉痛」という問題

スタチンは、肝臓でのコレステロール合成に関わる酵素に結合することで、血中コレステロール値を下げる薬です。
アメリカでは約4,000万人の成人がスタチンを服用しているとされており、その有効性と重要性は広く認識されています。
しかし、その一方で、約10%の服用者が筋肉痛や筋力低下などの筋関連副作用を経験していることも知られています。
研究を主導したのは、コロンビア大学バゲロス医科大学の生理学・細胞生物物理学部門の主任教授であるAndrew Marks氏です。
Marks氏は、臨床医としての経験から、スタチンの副作用が患者の服薬継続を妨げる深刻な問題であると語っています。
実際に、筋肉痛への不安や実体験からスタチンの服用を拒否したり、中断したりする患者は少なくありません。
スタチン中止の最も一般的な理由が筋肉関連の副作用であることは、臨床現場でもよく知られています。
数十年にわたり解けなかった謎
スタチンが初めて登場したのは1980年代後半です。
それ以来、科学者たちはなぜ一部の人に筋肉障害が起こるのかを解明しようと研究を続けてきました。
スタチンは本来、コレステロール合成に関与する酵素を標的としていますが、体内では意図しない別のタンパク質にも結合してしまう可能性があります。
これが副作用の原因ではないかと、以前から推測されてきました。
過去の研究では、スタチンが筋肉細胞内の特定のタンパク質と相互作用する可能性が示唆されていましたが、その詳細な仕組みは長らく不明のままでした。
クライオ電子顕微鏡が捉えた決定的瞬間

今回の研究の大きな特徴は、クライオ電子顕微鏡(cryo-electron microscopy)という最先端の画像解析技術を用いた点です。
この手法により、研究者たちは分子や原子レベルの構造を直接観察することが可能になります。
コロンビア大学の研究チームは、この技術を用いて、スタチン製剤の一種であるシンバスタチン(simvastatin)が、筋肉細胞内のどのような分子と結合するのかを詳細に解析しました。
その結果、シンバスタチンが「リアノジン受容体(ryanodine receptor)」と呼ばれる筋肉タンパク質の2か所に結合することが明らかになりました。
リアノジン受容体は、筋肉の収縮と弛緩を制御する上で極めて重要な役割を果たすカルシウムチャネルです。
研究チームが得た画像データから、シンバスタチンがリアノジン受容体に結合すると、本来は厳密に制御されているはずのカルシウムイオンが漏れ出すことが示されました。
筋肉細胞では、カルシウムイオンの濃度変化が収縮と弛緩を司っています。
そのため、カルシウムが不適切な場所へ流出すると、筋肉の正常な機能が損なわれてしまいます。
Marks氏によると、このカルシウム漏出こそが、スタチンによる筋肉痛や筋力低下を説明する重要な要因である可能性があります。
過剰なカルシウムは、筋線維そのものを弱らせるだけでなく、筋組織を徐々に分解する酵素を活性化させることもあると考えられています。
ただし、Marks氏自身も述べているように、この仕組みがすべてのスタチン関連筋障害を説明できるわけではありません。
それでも、仮に一部の患者にしか当てはまらないとしても、その人数は非常に多く、臨床的意義は大きいとされています。
より安全なスタチン開発への道
今回の発見は、スタチン治療の未来に新たな可能性をもたらします。
一つのアプローチは、リアノジン受容体に結合しない新しいスタチンを設計することです。
つまり、コレステロール低下作用は維持しつつ、筋肉への悪影響を回避する「筋肉に優しいスタチン」の開発です。
Marksは現在、化学者たちと協力し、この不要な相互作用を避ける新規スタチンの設計に取り組んでいると述べています。
既存薬による副作用対策の可能性
もう一つの戦略は、カルシウム漏出そのものを抑えることです。
研究チームは、Marks氏の研究室で別のカルシウム異常関連疾患向けに開発された実験的な薬剤を用い、マウスにおいてスタチン誘発性のカルシウム漏出を抑制できることを示しました。
これらの薬剤は、すでに希少な筋疾患の患者を対象とした臨床試験が進行中です。
その有効性が確認されれば、将来的にはスタチン誘発性筋障害への応用も検討できるとされています。
ただし、人における有効性や安全性については、現時点では確定的な結論には至っていません。
この点については、今後の臨床研究による解明が期待されます。
まとめ
・スタチンによる筋肉痛の一因として、筋肉細胞内でのカルシウム漏出という分子機構が明らかになった
・この知見は、筋肉に優しい新しいスタチンや、副作用を抑える治療法の開発につながる可能性があえう
・ただし、すべての患者に当てはまるわけではなく、人への応用には今後の検証が必要

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