分身を作り出す熱帯のクモ

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クモといえば、精巧な円網を張る種や、巨大な巣の集合体を築く種など、その多様な生態が知られています。

 

オーストラリア国立大学による新たな研究により、ペルーやフィリピンの熱帯地域に生息する一部のクモが、自分自身によく似た「巨大な偽物」を巣の中に作り上げていることが明らかになりました。

 

これらのクモは、糸だけでなく、獲物の死骸や周囲のゴミのような物質を巧みに組み合わせ、自分よりはるかに大きく、しかも「いかにも危険そうなクモ」に見える構造物を彫刻のように作り出しているのです。

 

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

Tropical Spiders Make Fearsome ‘Puppets’ of Themselves For Protection(2026/01/07)

 

参考研究)

Cyclosa Menge, 1866 (Araneidae) Orb-Weavers Build Stabilimenta That Resemble Larger Spiders(2026/01/07)

  

 

自分より何倍も大きな「分身」を巣の中に作るクモ

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2012年以降に断続的に観察されてきた複数の発見例をもとに、今回初めて正式に科学論文として報告されました。

 

オーストラリアの研究チームは、ペルーで観察した、クモの偽物(スタビリメンタムと呼ばれる構造物)は、実際のクモの体長の3倍以上に達することが多かったと報告されています。

 

観察対象となったのは、Cyclosa longicauda というごく小型の円網を張るクモで、体長はわずか数ミリメートル程度しかありません。

  

しかし、その小さな体とは対照的に、彼らが作り出す偽物の「胴体」には、平均して5本ほどの突起状の脚が付け加えられており、遠目には明らかに大型のクモが巣の中央に鎮座しているように見えます。こ

  

Cyclosa Menge, 1866 (Araneidae) Orb-Weavers Build Stabilimenta That Resemble Larger Spidersより

  

の視覚効果は極めて高く、捕食者にとっては非常に威圧的な存在であると考えられます。

 

 

偽のクモは「動く」ことで、よりリアルになる

さらに注目すべき点として、脅威が巣に近づいた際、クモ自身が糸を揺らして、この偽物を動かす行動が確認されています。

 

これにより、スタビリメンタムは単なる静止した物体ではなく、まるで巨大な操り人形のクモが動いているかのように見えるのです。

 

この「動き」の要素は、捕食者に対する欺瞞効果をさらに高めている可能性があります。

  

実際のクモ本体は巣の中で目立たない位置に潜みながら、捕食者の注意を巨大な偽物に集中させるという、極めて巧妙な防御戦略が成立していると考えられます。

 

 

オスもメスも利用し、卵まで隠す防御構造

研究論文では、オスとメスの両方が、スタビリメンタムを備えた巣に存在しているという観察結果も報告されています。

 

さらに、一部のメス個体では、卵嚢や、場合によっては孵化したばかりの子グモが、スタビリメンタムのゴミや残骸の中に巧妙に隠されていたことも明らかになっています。

 

これは、この構造物が単に成体の防御だけでなく、次世代を守る役割も果たしている可能性を示唆しています。

 

では、このような奇妙とも言える行動は、なぜ進化したのでしょうか。

 

研究チームが注目したのが、ハビロイトトンボ(helicopter damselfly)と呼ばれる捕食者の存在と考えられています。

  

  

このトンボは、巣を張る小型のクモを専門に捕食することで知られています。

  

一方で、この捕食者は大型のクモ種を避ける傾向があることも知られています。

 

研究者らは、この性質に注目し、巨大なクモの偽物を作る行動は、ハビロイトトンボを欺き、捕食を回避するために進化した可能性が高いと推測しています。

 

ただし、この仮説については、スタビリメンタムを持つクモと、持たないクモの生存率を比較する将来的な研究が必要であり、現時点では決定的な証拠があるわけではありません。

 

この点については、研究者自身も慎重な姿勢を示しています。

 

 

他の捕食者への効果も示唆されるが、未検証

研究チームはさらに、この偽物が鳥類やトカゲなど、他の捕食者に対しても威嚇効果を持つ可能性についても言及しています。

 

巨大で目立つ偽物に注意を向けさせることで、本物のクモという「脆弱な存在」から視線を逸らさせる効果があるのではないか、という考えです。

 

しかし、これについても現時点では推測の域を出ておらず、どの捕食者に対して、どの程度の防御効果があるのかは明確に検証されていません

 

事実として確認されているのは、「偽物が存在する」という点と、「脅威接近時に偽物を動かす」という行動までであり、その生態学的効果の大きさについては今後の課題とされています。

 

  

フィリピンの個体は未同定、研究は継続中

なお、フィリピンで観察された偽物を作るクモについては、まだ種の特定や捕獲・同定が完了していません

 

この点も、現時点では事実関係が完全に確定していない部分であり、今後の詳細な分類学的研究が待たれています。

 

この研究について、フロリダ大学の昆虫学者Lawrence Reeves氏は、次のように評価しています。

 

多くの円網性のクモは、物理的な隠れ家を作って身を隠すが、これらの Cyclosa 属のクモは、時間と資源を費やして“使い捨て可能な視覚的防御”を構築する道を選んでいるように見える」。

 

さらに Reeves は、この行動が単なる珍しい観察例にとどまらない点を強調し、クモの世界における進化的トレードオフを示す重要な事例であると述べています。

 

すなわち、「隠れる」ことに資源を使うのか、「欺く」ことに資源を使うのか、という選択が、種ごとに異なる形で進化してきた可能性を示しているのです。

  

クモがこれほど高度な「視覚的錯覚」を利用している事実は、動物行動学や進化生物学においてとても興味深い発見だと言えます。

  

今後、捕食実験や長期観察によって、この“巨大な操り人形”が実際にどれほど生存率を高めているのかが明らかになれば、自然界における欺瞞戦略の理解がさらに深まることが期待されます。

 

 

まとめ

・熱帯の小型クモは、自分自身に似た巨大な偽物を巣の中に作り、捕食者を欺く防御戦略を持っていることが確認された

・この行動は、ハビロイトトンボなどの天敵を回避するために進化した可能性が示唆されているが、防御効果の実証は今後の課題

・「隠れる」のではなく「見せて欺く」という戦略は、クモの進化的多様性とトレードオフを示す重要な事例と考えられる

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