近年、「砂糖不使用」や「カロリーオフ」をうたう食品が急増する中で、エリスリトール(erythritol) は最も広く使われる天然由来の甘味料のひとつとして注目されています。
プロテインバーやエナジードリンク、さらには低糖質スイーツにまで含まれ、長年にわたって「安全な代替糖」として認識されてきました。
しかし、新たな研究により、この身近な甘味料が私たちの体内で脳を守るための重要なバリア機構を損なう可能性があることが示唆されました。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Common Sweetener Could Damage Critical Brain Barrier, Risking Stroke(2025/11/07)
参考研究)
・The non-nutritive sweetener erythritol adversely affects brain microvascular endothelial cell function(2025/06/16)
・The artificial sweetener erythritol and cardiovascular event risk(2023/02/27)
エリスリトールが「脳の防御壁」を破壊する可能性

この研究は、コロラド大学の研究チームによって行われました。
研究者たちは、血液と脳を隔てる「血液脳関門(blood-brain barrier)」を構成する細胞に注目しました。
この関門は、脳に有害物質が侵入するのを防ぎながら、栄養素を通過させるという極めて精密な防御システムです。
実験では、研究チームが人がエリスリトール入りの清涼飲料を摂取した後に見られる血中濃度に近いレベルで、培養された血液脳関門の細胞をエリスリトールにさらしました。
その結果、細胞の内部で連鎖的な損傷反応が生じ、脳が血栓(clot)や酸化ストレスに弱くなる可能性が示されました。
これは、脳卒中の主な原因である「虚血性脳卒中(ischaemic stroke)」のリスク上昇につながる可能性があります。
酸化ストレスと抗酸化機能の崩壊
研究者たちは、エリスリトールが細胞内で酸化ストレス(oxidative stress)を引き起こすことを確認しました。
酸化ストレスとは、活性酸素と呼ばれる不安定な分子が細胞を攻撃する現象であり、細胞膜やDNAを損傷させる危険性があることで知られています。
エリスリトールの曝露によって、細胞内ではフリーラジカルが大量に発生し、同時に体が持つ抗酸化防御システムが弱まることが観察されました。
この「二重の攻撃」により、血液脳関門を構成する細胞の機能が著しく低下し、場合によっては細胞死が起こることも確認されました。
血管の収縮・拡張バランスを崩すメカニズム
さらに重大なのは、エリスリトールが血管の働きそのものに影響を及ぼす可能性です。
健康な血管は、必要なときに拡張し、不要なときに収縮するという「血流の交通整理」を行うことで、臓器に必要な酸素と栄養を供給しています。
この機構を支えるのが、「一酸化窒素(nitric oxide)」と「エンドセリン-1(endothelin-1)」という二つの分子です。
研究チームの観察によると、エリスリトールは一酸化窒素の生成を抑制し、一方でエンドセリン-1の生成を促進させることが明らかになりました。
その結果、血管が過剰に収縮したままの状態になり、脳への酸素供給が滞るおそれがあるのです。
この状態は、まさに脳卒中の前兆とされる血流不全と一致します。
自然の「血栓溶解システム」を妨げる作用

さらに研究者たちは、エリスリトールが体内の「自然の血栓除去機構」を妨げる可能性を指摘しています。
通常、血管内で血栓が形成されると、細胞は「tissue plasminogen activator(tPA)」と呼ばれる酵素を分泌し、血栓を溶かして脳への血流を保とうとします。
しかし、エリスリトールを加えた細胞では、このtPAの働きが著しく阻害され、血栓が残りやすくなることが確認されました。
このメカニズムが実際の生体でも起こるとすれば、エリスリトールを常用する人々は、知らず知らずのうちに脳卒中の防御機能を弱めている可能性があるということになります。
人体への影響はまだ不明確
ただし、この研究にはいくつかの重要な制約があります。
実験はあくまで「培養皿上の細胞モデル(in vitro)」を用いて行われたものであり、実際の血管や脳内で同様の反応が起こるかどうかは、現段階では不明です。
細胞モデルと動物モデルとヒトに対するモデルでは、その結果に大きな乖離があることが多いため、この結果をそのまま受け止めることはナンセンスです。
研究者たちは、今後は「blood vessel on a chip」と呼ばれる、生体に近いモデルを用いた高度な実験が必要であると強調しています。
なので、今回の結果は「潜在的なリスク」を示唆するものであり、人体での確証はまだ得られていないことに注意が必要です。
「天然由来」ゆえの盲点

エリスリトールは、アスパルテームやスクラロースなどの人工甘味料とは異なり、「糖アルコール」と呼ばれる化合物に分類されます。
人間の体内でも自然に少量が生成されるため、「自然由来」として消費者に受け入れられてきました。
そのため、世界保健機関(WHO)が人工甘味料の使用を体重管理目的で推奨しないとした最新ガイドラインにも、エリスリトールは含まれていません。
また、製菓業界においてもエリスリトールは非常に扱いやすい素材です。
スクラロースのように砂糖の320倍もの甘味を持つ化合物では、レシピ調整が難しくなりますが、エリスリトールは砂糖の約80%の甘さしかないため、過剰な甘味を避けつつ自然な味わいを再現できるのです。
こうした理由から、エリスリトールは「ケトフレンドリー」や「糖質オフ」商品に広く使われています。
安全とリスクの「トレードオフ」
これまで、アメリカ食品医薬品局(FDA)やヨーロッパ食品安全機関(EFSA)などの規制当局は、エリスリトールを「安全」と認定してきました。
しかし、今回の研究をはじめ、いくつかの大規模な観察研究(observational study)では、エリスリトールの血中濃度が高い人ほど心血管疾患(心筋梗塞や脳卒中)の発症率が高いという関連が報告されています。
過去の研究では、数千人を追跡した結果、エリスリトール濃度が最も高い群で、主要な心血管イベントの発生率が約2倍に増加していました。(The artificial sweetener erythritol and cardiovascular event riskより)
ただし、これらの研究も因果関係を直接示すものではなく、食生活や基礎疾患などの要因を完全に排除できていない可能性があります。
したがって、「エリスリトールが脳卒中を引き起こす」と断定するのは現時点では早計です。
砂糖代替のジレンマ
今回の発見は、私たちが直面する「甘味と健康のジレンマ」を改めて浮き彫りにしました。
糖の摂取を減らすことは、肥満や糖尿病の予防において極めて重要です。
実際、エリスリトールのような甘味料は、血糖値の急上昇を防ぐ手段として有効です。
しかし、もしそれが脳の防御機能や血管の健康を長期的に損なう可能性を持つとすれば、その代償はあまりに大きいと言わざるを得ません。
科学者たちは現在、これらのリスクと利益のバランスをより精密に評価しようとしています。
食品添加物の影響は、短期的には無害に見えても、長年の摂取で徐々に健康リスクを高めることがあります。エリスリトールも例外ではないかもしれません。
結論:本当に「安全な甘味料」は存在するのか?
アングリア・ラスキン大学の生物医学教授である Havovi Chichger氏は、「この結果は、いかに“自然”や“低糖”を謳う製品であっても、人体への影響を慎重に再評価する必要があることを示している」と述べています。
私たちが安全だと信じている成分も、科学が進むにつれて新たなリスクが明らかになる可能性があります。
エリスリトールが本当に無害なのかどうかを判断するには、今後の臨床研究が不可欠です。
まとめ
・エリスリトールは血液脳関門の細胞に酸化ストレスを与え、機能を損なう可能性があることが示唆された
・血管の収縮・拡張バランスを崩し、脳卒中リスクを高める可能性が報告されている
・ただし、実験は細胞モデルで行われており、人体での確証は得られていない点に注意が必要


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