老化に関連する二つの経路を同時に標的とした治療が、高齢の虚弱なマウスの寿命を最大で73%も延長させたことが、カリフォルニア大学バークレー校の研究チームによって明らかになりました。
興味深いことに、この驚くべき効果は雄のマウスにのみ確認され、雌には全く効果が見られませんでした。
この結果は、老化の生物学的メカニズムが性別によって異なる可能性を示唆しており、ヒトを含む多くの種に共通する重要な課題を浮き彫りにしています。
今回のテーマとして、以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Drug Combination Boosted Lifespan of Mice by 73%, But Only For One Sex(2025/10/27)
参考研究)
・Sex-specific longitudinal reversal of aging in old frail mice(2025/08/21)
二つの抗老化治療の組み合わせ
今回の研究では、オキシトシン(oxytocin: OT)と呼ばれるホルモンと、Alk5阻害剤(A5i)という化合物の併用療法が採用されました。
オキシトシンは、社会的な絆の形成や生殖機能を助けるほか、筋肉の成長や組織修復を促進するホルモンとしても知られています。
Alk5阻害剤は、TGF-β(トランスフォーミング成長因子ベータ)経路を標的とする物質で、Alk遺伝子が原因でがん細胞が異常増殖するのを抑えるための分子標的薬です。(アストラゼネカ「ALK阻害薬の働くしくみ」より)
この経路は加齢に伴って過剰に活性化し、組織損傷や慢性的な炎症の増加を引き起こすことが知られています。
研究チームはこの二つの作用を組み合わせることで、老化による生理的変化を包括的に抑制できるのではないかと考えました。
論文では次のように報告されています。
「虚弱な高齢雄マウスにOTとA5iを併用したところ、その時点からの寿命が驚くべきことに73%延長し、中央値寿命も14%増加した」

つまり、同じ条件下で飼育された対照群と比べて、治療を受けた雄マウスの方が著しく長生きしたことになります。
雄マウスのみに見られた顕著な効果
実験に用いられたマウスはすべて25か月齢(ヒトの約75歳に相当)であり、いずれも老齢による虚弱状態にありました。
治療を受けた雄マウスは単に寿命が延びただけでなく、身体的パフォーマンス、血中タンパク質の指標、短期記憶などの複数の指標においても改善が見られました。

これは、老化に伴う機能低下の一部が実際に回復している可能性を示すものです。
しかしながら、雌マウスには同様の効果が一切確認されませんでした。
この点について研究チームは、「性差による老化メカニズムの違いが影響している可能性が高い」と述べています。
実際、過去の多くの抗老化研究でも、雄と雌では治療に対する反応が異なることがしばしば報告されています。
研究者らは論文の中で次のように記しています。
「これらの性差の原因は依然として不明ですが、興味深いことに、中年期後半の雌マウスにOT+A5iを投与すると生殖能力が回復することを確認した」
つまり、加齢の進行度やホルモン環境によって、同じ治療でも異なる結果をもたらす可能性があるのです。
このことから研究チームは、雌マウスに対してはより若い段階での投与を検討する必要があると提案しています。
ヒトへの応用はまだ先だが、有望な可能性
では、このような治療法がヒトにも応用できるのでしょうか。
研究者らは慎重な姿勢を崩していません。
ヒトの健康寿命や寿命を延ばすためには、効果があるだけでなく、副作用が極めて少ないことが条件となります。
これまでの抗老化治療の中には、初期の段階では有望に見えたものの、副作用が強すぎて臨床応用に至らなかった例も数多くあります。
老化に関与する生物学的経路を操作することは、一部の老化関連変化を抑える一方で、他の代謝や免疫系に悪影響を及ぼすリスクを伴うためです。
つまり、老化という複雑なシステムの中で一つの要素を変えると、他の要素に予期せぬ影響が出る可能性があり、非常に繊細なバランスを必要とします。
それでも今回の研究が注目を集めている理由の一つは、使用された薬剤がすでに医療現場で利用・検証されている点にあります。
オキシトシンはすでに分娩誘発や陣痛促進のための医薬品として承認されており、安全性に関するデータも豊富です。
またA5i(Alk5阻害剤)は、がん治療薬の候補として現在臨床試験が進められている段階にあります。
そのため、もし今後抗老化目的での研究が行われる場合、副作用や安全性の確認プロセスが比較的迅速に進められる可能性があります。
性差と老化研究の新たな課題

今回の結果は、老化のメカニズムを理解するうえで、性差を無視できない重要な要素であることを改めて示しました。
研究チームは論文の最後で次のように述べています。
「今回の結果は、OT+A5iによる健康寿命延長効果の顕著さを示すとともに、性別による老化過程および長寿治療への反応の違いを強調しています」
実際、ヒトでも女性と男性では、免疫応答、ホルモン変動、代謝活動など多くの点で異なります。
したがって、抗老化研究や薬剤開発の今後の方向性として、性別ごとに異なる治療戦略を設計する必要があることを示唆しています。
このような研究は、健康寿命を延ばすだけでなく、生活の質(Quality of Life)の向上にもつながる可能性があります。
世界的に高齢化が進む中で、老化抑制・寿命延長を目指す研究への関心は高まる一方です。
今回の成果は、その方向性を示す重要な手がかりとなるでしょう。
今後の展望と課題
研究チームは、今回の成果を踏まえてさらなる研究を進める予定です。
特に、雌マウスのように効果が見られなかったケースについて、投与時期やホルモン環境、遺伝的背景などを詳細に検討する必要があるとしています。
また、ヒトに応用する場合には、長期的な安全性や副作用、個体差への影響を慎重に評価する必要があります。
現時点では、動物実験段階にとどまっており、ヒトに同様の効果があるかどうかはまだ確認されていません。
したがって、この結果をそのまま人間の寿命延長に結びつけることはできず、今後の研究に委ねられています。
それでも、この成果は老化研究の分野において大きな一歩であることに間違いありません。
老化の根本的メカニズムを標的化する併用療法が現実的な可能性を持つことを初めて示した点で、科学的にも意義深いものといえます。
まとめ
・オキシトシンとAlk5阻害剤を併用すると、老齢雄マウスの寿命が最大73%延長した
・効果は雄にのみ確認され、雌には見られなかった。性差による老化メカニズムの違いが示唆される
・オキシトシンは既に承認薬であり、Alk5阻害剤も臨床試験中のため、今後の応用研究が期待される


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