睡眠不足は脳を老化させる──英国27,000人以上のサンプルより

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私たちは人生の約3分の1を睡眠に費やしています。しかし、睡眠は決して無駄な時間ではありません。

 

むしろ、心身の回復を促し、脳を保護するために不可欠な能動的プロセスです。

 

良質な睡眠が確保できない場合、その影響は脳に蓄積していき、時に長年を経て明確に表れます。

 

このたび、スウェーデンのカロリンスカ研究所の研究者であるAbigail Dove氏らが実施した最新の研究によって、睡眠の質が悪い人は、実年齢に比べて「脳が老けて見える」ことが明らかになりました。

 

本研究は、イギリスに居住する40歳から70歳までの27,000人以上を対象とし、睡眠習慣と脳MRI画像データを詳細に解析したものです。

  

研究の結果、不十分な睡眠を続けている人の脳は、実年齢よりも平均して約1年ほど老けて見えることが確認されました。

 

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

Your Brain Looks Older When You’ve Slept Poorly, Study Finds(2025/10/02)

 

参考研究)

Poor sleep health is associated with older brain age: the role of systemic inflammation(2025/09/30)

 

 

脳が「老けて見える」とはどういうことか

 

人間は時間とともに等しく年を取りますが、脳の老化速度には個人差があります。

 

ある人の脳は実年齢にふさわしい状態を保つ一方で、別の人の脳は同じ年齢でも著しく老化が進んでいることがあります。

 

最新の脳画像技術と人工知能(AI) を組み合わせることで、研究者は「脳年齢」を推定することが可能になりました。

  

これは、MRI画像から脳組織の萎縮、皮質の薄化、血管損傷など1000を超える特徴を解析し、脳がどの程度老化しているかを算出する手法です。

  

本研究では、まず健康状態に問題のない参加者を対象に、機械学習モデルを訓練しました。

  

その後、得られたモデルを全体のデータに適用することで、各参加者の「脳の見かけ年齢」を導き出しました。

 

 

睡眠の質と脳老化の関連

研究チームは、参加者が自己申告した 5つの睡眠特性 に注目しました。

1. クロノタイプ(朝型か夜型か)

2. 睡眠時間(最適とされる7~8時間を基準に評価)

3. 不眠症の有無

4. いびきの有無

5. 日中の過度な眠気

 

これらの要素を総合して「健康的な睡眠スコア」を算出しました。

  

その結果、スコアが低い人ほど脳年齢と実年齢の差が広がり、老化が進んでいることが明らかになりました。

  

特に、夜型の人および正常範囲を外れる睡眠時間をもつ(短すぎる・長すぎる)人が、脳の老化を早める最大の要因として強調されました。

 

 

具体的な影響 ― 脳はどれだけ老けるのか

研究では、健康的な睡眠を送る人の脳は実年齢とほぼ一致していました。

  

しかし、「不健康な睡眠プロファイル」を持つ人々の脳は、実年齢より平均で約1年ほど老けて見えることが分かりました。

  

「たった1年」という差は小さく思えるかもしれません。

 

しかし脳の健康において、この差は時間とともに大きくなり、認知機能低下や認知症、さらには神経疾患リスクを増大させる可能性があると研究者は警告しています。

 

 

睡眠と炎症の関係

 

睡眠不足が脳を老化させるメカニズムの一つとして、炎症の増加が考えられています。

   

過去の研究では、睡眠障害が体内の炎症レベルを上昇させることが示されており、これが脳に悪影響を及ぼす可能性があります。

 

炎症は血管を損傷し、有害タンパク質の蓄積を促進し、さらには脳細胞の死を加速させるとされています。

  

本研究では、参加者から採取した血液サンプルを解析し、炎症マーカーとの関連を調べました。

   

その結果、炎症が睡眠と脳老化の関連の約10%を説明できることが判明しました。

   

ただし、炎症以外のプロセスも関与している可能性があります。

   

例えば、脳の老廃物を除去する グリンパ系(glymphatic system) の機能不全、あるいは糖尿病や肥満、心血管疾患といった併存症の増加が、睡眠不足を介して脳に悪影響を及ぼすと考えられます。

  

  

習慣改善による予防の可能性

研究者は、睡眠習慣は修正可能な要因である点を強調しています。

  

もちろん、すべての睡眠障害が簡単に解決できるわけではありませんが、以下のような取り組みが推奨されています。

・規則正しい睡眠スケジュールを守る

・就寝前のカフェイン・アルコール・スクリーン使用を控える

・暗く静かな環境を整える

 

これらの基本的な習慣が、脳の健康を長期にわたって守るために役立つ可能性があります。

  

  

研究の意義と限界

今回の研究は、対象人数の多さ、睡眠を多面的に評価した点、MRIデータから数千の特徴を用いて脳年齢を算出した点で、非常に包括的かつ先進的であると評価できます。

  

ただし、睡眠と脳老化の関連が因果関係であるかどうかは断定できません

  

つまり、不健康な睡眠習慣が直接的に脳を老化させているのか、それとも老化の進んだ脳が睡眠障害を引き起こしているのかは明らかではありません。

  

この点は今後の研究課題です。

  

本研究は、不十分な睡眠が脳の老化を早める可能性を示す強力なエビデンスを提供しました。

  

脳の老化は避けられませんが、その進行を遅らせるために、私たちが日々の生活の中でできることは少なくありません。

 

 

まとめ

・不健康な睡眠習慣は、脳の老化を実年齢より平均約1年早める可能性がある

・炎症や老廃物除去機構の不全が、睡眠不足と脳老化の関連を説明する一因となる

・規則正しい睡眠習慣の維持は、脳の健康を長期に守るための重要な戦略である

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