体外受精(IVF)における成功率を左右する要因として、これまで女性の年齢や卵子の質、さらには生活習慣や環境因子が重要視されてきました。
その中で近年注目されているのが、大麻使用と生殖機能との関係です。
新たに発表された研究は、大麻の使用が体外受精で得られる卵子に染色体異常を引き起こし、妊娠成立の可能性を低下させる可能性を示唆しています。
今回のテーマとして以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Cannabis Use Linked With Chromosomal Abnormalities in IVF Eggs(2025/09/10)
参考研究)
・Cannabis impacts female fertility as evidenced by an in vitro investigation and a case-control study(2025/09/09)
研究の背景と目的

近年、医療目的や娯楽目的での大麻利用は世界的に広がりを見せています。
疼痛緩和や精神的健康への効果が注目される一方で、その使用が生殖機能や妊娠に及ぼす影響は十分に解明されていません。
特に、妊娠を望む女性や体外受精を受ける患者にとって、大麻使用が卵子や胚の質に与える影響は大きな関心を集めています。
今回の研究は、大麻成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)が卵子の成熟過程や染色体の安定性にどのような影響を与えるのかを明らかにすることを目的としています。
研究の方法と結果
本研究は、トロント大学の胚学者Cyntia Duvalを中心とする研究チームが主導し、国際的な研究者の協力を得て実施されたものです。
研究チームは、体外受精を受けている患者から採取された 1,059検体の卵胞液 を解析しました。
この卵胞液は卵子の周囲に存在し、その成熟や発達に直接影響を与える環境を反映しています。
その中で 62検体からTHCが検出されました。
解析の結果、THC濃度が高い卵胞液に存在する未熟卵子(卵母細胞)は、染色体異常を持つ可能性が高いことが明らかになりました。
さらに、これらの卵子はTHCを含まない卵胞液中の卵子に比べて、異常に早く成熟する傾向も示されました。
【大麻成分 THC(テトラヒドロカンナビノール) が体外受精における卵子の成熟過程に与える影響を示した実験結果】
Cannabis impacts female fertility as evidenced by an in vitro investigation and a case-control studyより
a. 実験デザイン
・IVF(体外受精)で採取された卵子を研究用に提供し、THCを含まない卵胞液を対照群(Ctrl)として比較
・卵子は24時間の培養後、異なる濃度のTHC(THC1: 低濃度、THC2: 高濃度)に曝露
・卵子の成熟段階(未熟なGV、途中段階のMI、成熟卵MII)への進行を評価
b. 卵子の成熟率
・Ctrl群:46%(44/96)
・THC1群:52%(49/95)
・THC2群:58%(54/93)
THC濃度が高いほど成熟率が上昇する傾向がある
c, d. 卵子の直径の変化
・培養前(c)と24時間培養後(d)で直径を比較
・THC曝露群と対照群で大きな有意差はみられず
e. 核膜崩壊(GVBD)
・卵子が成熟の初期段階(GVBD)に入る割合を時間ごとに測定
・THC曝露群は対照群に比べて やや早いタイミングでGVBDが起こる傾向を示す
f. 第一極体放出(MII期到達)
・卵子が最終的に成熟段階(MII期)へ到達する割合を時間ごとに測定
・THC群では対照群よりも MII期への到達が速い傾向がある
以上から読み取れることのまとめ
・THCは卵子の成熟を加速させる作用を持つ可能性が示された
・成熟率はTHC濃度に比例して上昇したが、それが必ずしも正常な染色体を持つ卵子形成につながるとは限らない
・卵子の大きさ自体には大きな変化は見られなかった
・この結果は、THCが卵子の発達スピードを早める一方で、染色体異常のリスクを高める可能性を示唆している
研究チームはさらに、同意を得た24名の患者から採取した卵子を用いて追加実験を行いました。
その結果、THC濃度が平均値を超える環境下に置かれた未受精卵は、約10%多く染色体異常を示し、成熟も早まることが確認されました。
専門家の評価と意義
本研究に直接参加していない専門家からも、この結果に注目が集まっています。
Macquarie University の薬理学者Mark Connorは、「この研究は大麻の摂取が体外受精の結果に影響を及ぼす可能性を示唆しているが、自然妊娠に対する影響については明らかにしていない」と指摘しています。
また、メルボルン大学の産婦人科医Alex Polyakovは、「体外受精を受ける女性にとって、大麻使用は受精そのものを妨げるのではなく、染色体的に正常な胚が得られる可能性を低下させることで妊娠成立を難しくする」と解説しています。
特に染色体の正常性は、着床成功率や妊娠の継続に密接に関連しており、大麻使用が妊娠成立までの期間を延ばし、体外受精の失敗や流産のリスクを高める可能性があるとされています。
研究の限界と注意点
ただし、この研究にはいくつかの限界も存在します。
まず、追加実験に参加した患者は24名と比較的少数であり、サンプル数の限界から、年齢などの卵子の質に影響する既知の因子を十分に統制できていないことが指摘されています。
特に女性の年齢は卵子の質を低下させる最大の要因であることが知られており、大麻の影響を正確に切り分けるにはさらなる大規模研究が必要です。
とは言え、今回の研究結果は過去の知見とも整合しています。
動物実験では、THCが胚の発達に悪影響を及ぼすことが示されており、人間を対象とした研究でも、大麻の常用と不妊との間に中程度の関連性が報告されています。
また、大麻は男性の生殖機能にも影響を与える可能性が指摘されています。
過去の研究では、精子の質や量が大麻使用によって低下する可能性があると報告されており、不妊リスクの一因となる可能性があります。
医療従事者からの提言

米国の オレゴン健康科学大学 の産科医Kimberly Ryanらは、2021年の研究で「妊娠や授乳期、あるいは妊活中において、大麻を安全に使用できる量は確認されておらず、最も安全な選択は使用を控えること」と強く勧告しています。
また、大麻使用は一時的なリラクゼーションや痛みの軽減をもたらすかもしれませんが、記憶力の低下や心疾患リスクの増加といった健康上の懸念も存在しており、妊娠を望む人々にとっては慎重な判断が求められます。
今回の研究は、大麻使用が体外受精における卵子の染色体異常リスクを高める可能性を初めて明確に示した重要な知見です。
ただし、サンプル数や年齢因子の影響を完全には除外できていないため、今後さらに大規模かつ詳細な研究が必要です。
それでも現時点では、妊活中や妊娠を希望する段階での大麻使用は、生殖の成功率を下げる潜在的リスクがあると結論づけられます。
医療的な有用性が議論される一方で、生殖医療の文脈においては回避すべき要因であることを強調する必要があります。
まとめ
・大麻成分THCは体外受精卵の染色体異常を増加させる可能性がある
・研究規模は限定的であり、年齢など他の要因を完全に統制できていない点が課題
・妊娠を希望する女性や体外受精を受ける患者は、大麻使用を避けることが最も安全な選択とされる



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