炎症性腸疾患が認知症の進行を加速させる可能性が高い

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近年、「腸と脳のつながり(腸脳相関:gut-brain axis)」に関する研究が急速に注目を集めています。

 

かつては見過ごされがちであったこの関係性は、神経科学、栄養学、そしてメンタルヘルス研究の最前線に位置するようになりました。

 

腸と脳は絶えず双方向で情報をやり取りしており、その複雑な仕組みが私たちの健康に大きな影響を及ぼしています。

 

特に、腸の炎症が認知症の発症や進行に寄与する可能性があることが指摘されており、研究者たちはその関連性を深く探ろうとしています。

 

今回取り上げる研究はそんな腸の炎症と認知症に関する研究です。

 

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

How inflammatory bowel disease may accelerate the progression of dementia(2025/08/18)

 

参考研究)

Inflammatory bowel disease linked to accelerated cognitive decline in individuals with dementia: a nationwide cohort study(2025/07/11)

   

  

腸脳軸と認知症との関連性

 

腸脳軸は、神経系、免疫系、ホルモンなど多様なシグナルが交錯する極めて複雑なネットワークです。

 

過去の研究では、腸内の炎症が全身性の炎症を引き起こし、それが脳にも影響を与える可能性が示唆されてきました。(Inflammatory bowel disease is associated with higher dementia risk: a nationwide longitudinal studyより

 

特に、炎症が神経の伝達経路を阻害し、認知機能低下に結びつく可能性が注目されています。

 

しかし、腸の炎症、すなわち炎症性腸疾患(IBD)が、すでに認知症と診断されている人々において病状の進行を加速させるのかどうかについては、これまで十分な研究が行われていませんでした。

 

今回、スウェーデン・ストックホルムのカロリンスカ研究所の研究から、IBDを持つ認知症患者は、認知症のみの患者に比べて認知機能の低下が速いことが示されました。 

 

本研究は、消化器系疾患と脳機能との複雑な関係を解き明かすピースの一つとして期待されています。

 

 

炎症性腸疾患(IBD)とは

IBDとは、消化管に慢性的な炎症を引き起こす疾患の総称で、主に以下のタイプに分けられます。

・クローン病(Crohn’s disease)

・潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis)

・分類不能型IBD(indeterminate IBD)

  

これらは共通して腹痛、下痢、排便習慣の変化といった症状を呈しますが、腸以外の臓器に全身性の影響を及ぼすこともあります。

 

具体的には、皮膚、眼、関節、肝臓などに異常を引き起こすほか、強い倦怠感を伴う場合もあります。

 

一方で、過敏性腸症候群(IBS)とは異なる病態であり、IBSでは組織に炎症や器質的変化は見られません。

 

IBDは治癒が難しく、多くのケースでは抗炎症薬や免疫抑制薬の投与、食事療法、生活習慣改善によってコントロールされます。

 

潰瘍性大腸炎に関しては外科的治療が治癒につながる場合もありますが、根本的な治療法は依然として確立されていません。

 

世界的に見ると、IBDは増加傾向にあり、1990年から2021年の間にすべての年齢層で新規症例が増加しました。

 

特に50歳から54歳の年齢層で顕著に増えています。

 

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認知症の現状と治療の限界

 

認知症は進行性の神経疾患群を指し、その代表的なものがアルツハイマー病です。世界的に患者数は増加を続けており、高齢であることが最大のリスク因子とされています。

 

2024年には、アルツハイマー病の進行を抑制する目的で開発された新薬「ドナネマブ(日本ではケサンラとしても販売)」がFDAにより承認されました。

 

しかし、現時点での治療はあくまで症状の緩和にとどまっており、根本的な治癒法は存在しません。

 

 

スウェーデンでの大規模研究 

今回の研究は、スウェーデンの全国認知症レジストリ「SveDem」に登録されたデータを用いて実施されました。

 

このデータベースには、多様な認知症患者に関する詳細な医療情報が記録されています。

 

研究チームは、認知症と診断された後に新たにIBDと診断された111人を対象とし、IBDを持たない認知症患者1110人を対照群として比較しました。

 

両群は年齢、性別、認知症の種類、併存疾患、服薬状況などでできる限り一致させました。

 

 

認知機能低下の測定方法 

認知機能の評価基準については、世界的に広く用いられるMini-Mental State Examination(MMSE)が採用されました。 

 

この検査は11の課題で構成され、最高得点は30点です。

 

通常、25点から30点は認知症がない人の範囲であり、24点以下は認知症を示唆するとされています。

 

研究では、両群のMMSEスコアを比較するとともに、IBDを併発した患者においては診断前後の変化も追跡しました。

 

その結果、IBDを有する患者は認知症のみの患者に比べて、認知機能の低下速度が明らかに速いことが示されました。

 

特にIBD診断後にその差は顕著となり、平均して年間でほぼ1点多くMMSEスコアが低下しました。

 

この低下幅は、新薬donanemabを使用した患者群と使用していない群の差と同程度であるとされており、IBDによる炎症が認知症進行の加速要因である可能性を強く示唆しています。

 

 

研究結果の意義と限界 

今回の研究から、IBDに伴う全身性炎症が神経炎症を誘発し、認知症の進行を速めている可能性が浮き彫りになりました。

 

このことは、IBDを持つ認知症患者に対してより慎重な経過観察と治療管理が必要であることを意味します。

 

抗炎症薬や栄養サポート、外科治療などによってIBDを適切にコントロールすることが、認知機能低下の抑制につながるかもしれません。

 

ただし、本研究は観察研究であるため、因果関係を直接証明することはできません

  

また、IBDの重症度や治療法に関する詳細データが不足しており、性別や認知症の種類、IBDのタイプごとの違いも検証されていませんでした。

 

さらに、SveDemは有用な全国レジストリではあるものの、スウェーデン国内のすべての新規認知症患者を網羅しているわけではなかったことにも注意が必要です。

 

 

今後の展望 

この研究は、IBDと認知症の関連を理解するうえで重要な第一歩ですが、さらなる調査が必要です。

  

具体的には、どの種類のIBD治療が認知機能低下を抑制する効果を持つのかを明らかにすることが求められます。

 

また、高齢発症のIBDが見逃されている可能性があり、診断精度の向上も課題となります。

 

将来的には、IBD治療を通じて認知症の進行を抑える新しい戦略が確立されれば、高齢者の生活の質を大きく改善することにつながるでしょう。

 

 

まとめ

・IBDを持つ認知症患者は、認知症のみの患者に比べて認知機能の低下が速いことが示された

・IBDに伴う全身性炎症が神経炎症を悪化させ、認知症進行を加速する可能性がある

・本研究は観察研究であり、因果関係は未解明であるものの、今後の治療戦略に重要な示唆を与える

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