アルコールが健康に与える悪影響は、肝硬変や咽頭癌などといった疾患とともに広く知られていますが、今回新たに、「脳の長期的な健康への影響」もそのリストに加えられるかもしれません。
サンパウロ大学の研究チームが主導した最新の研究から、長期的な大量飲酒が脳内病変のリスクやアルツハイマー病の生物学的指標と関連していることが示されました。
以下に研究の内容をまとめます。
参考研究)
・Association Between Alcohol Consumption, Cognitive Abilities, and Neuropathologic Changes(2025/06/28)
重度の飲酒者は脳血管病変のリスクが2倍以上に

この研究は、ブラジルにおける高齢化研究バイオバンク(Biobank for Aging Studies)の一環として行われたもので、死亡後の脳組織データ1,781名分を分析対象としています。
被験者の生前の飲酒習慣については、家族や近親者からの詳細な聞き取りを基に記録されました。
研究チームはまず、被験者を以下の4つの飲酒レベルのグループに分類しました。
• 非飲酒者(965名)
• 中程度の飲酒者(週7杯以下/319名)
• 重度の飲酒者(週8杯以上/129名)
• 過去に重度飲酒をしていたが現在は飲酒していない者(368名)
1杯の定義は14gのアルコールに相当します(ビール約350ml、ワイン約150mlなどに相当)。
研究では、社会経済的な要因や喫煙・身体活動などの臨床要因を調整した上で、各グループの脳の状態を比較しました。
その結果、重度の飲酒者は非飲酒者に比べて133%(2.33倍)も高い確率で脳血管病変を有していたことが明らかになりました。
この脳血管病変の多くは「硝子様細動脈硬化(hyaline arteriolosclerosis)」によるものであり、脳への血流が慢性的に低下し、記憶力や認知能力の低下と関連するとされています。
※硝子様細動脈硬化
高血圧や糖尿病などの疾患に伴い、細い血管(細動脈)の壁が厚くなり、血管の内腔が狭くなる状態
また、かつて重度の飲酒者であった人々も、非飲酒者に比べて89%高いリスクを示しており、中程度の飲酒者でさえも60%のリスク増加が確認されました。
アルツハイマー病の特徴である「タウたんぱく質の絡まり」も増加
脳病変に加えて、アルツハイマー病の主要な病理指標である「タウたんぱく質の絡まり」についても、重度の飲酒者において41%のリスク上昇が見られました。
過去の重度飲酒者でも31%のリスク上昇が確認されており、飲酒習慣が途絶えていたとしても、かつての影響が脳内に残存している可能性が示唆されています。
このタウたんぱく質の蓄積は、神経細胞の機能障害や死滅と深く関わっており、アルツハイマー病の進行と強く関連していることが広く知られています。
平均寿命にも影響:重度飲酒者は13年早く死亡

さらに、研究により、重度飲酒者は平均して非飲酒者よりも13年早く死亡していることも判明しました。
これは飲酒がもたらす脳疾患リスクだけでなく、他の身体的疾患、特に心血管疾患やがんのリスク上昇とも関連していると考えられます。
興味深いことに、過去に重度の飲酒歴がある被験者は、脳の質量が身体の身長に対して明らかに低く、また認知機能にも問題があると近親者によって評価されていました。
これは、脳萎縮や認知症の初期段階を反映している可能性があります。
しかし一方で、現時点で重度飲酒中または中程度の飲酒をしているグループには、同様の脳質量の低下や認知障害の兆候は明確には確認されませんでした。
これは、飲酒習慣の持続期間や年齢など、さらなる要因が影響している可能性があると考えられます。
「関連性」は示されたが、因果関係の証明には至らず
研究を主導したサンパウロ大学・病理生理学者Alberto Fernando Oliveira Justo氏は以下のように述べています。
「重度の飲酒は、脳に損傷の兆候を直接的に引き起こすことが示された。
これは記憶力や思考能力といった脳の健康に長期的な影響を及ぼす可能性がある。
この影響を理解することは、パブリック・ヘルスの意識向上や、飲酒抑制に向けた予防施策の継続において極めて重要。」
ただし本研は、因果関係を確定するものではないという限界もあり、飲酒が直接的にこれらの脳病変を引き起こしたと断定することはできません。
また、被験者の飲酒量や習慣の変化について、長期的な追跡データが存在しないことから、時間的な影響や飲酒パターンの変化を精密に評価することが難しかったという点も、研究者たちは認めています。
しかし今回の研究は、たとえ飲みすぎでなくても、脳への悪影響が無視できない可能性があるという重要な警告を発しています。
アルコールはすでに、心臓疾患、がん、免疫機能の低下、治癒速度の遅れなど、多くの健康問題と関連付けられています。
それゆえ、少量の飲酒を習慣にしている人であっても、脳の健康に対するリスクはゼロではないという認識を持つことが重要です。
まとめ
・重度の飲酒者は非飲酒者に比べて脳病変やアルツハイマー病の指標が大幅に増加する可能性がある
・過去に重度の飲酒をしていた人でも脳内は変化したままの恐れがある
・本研究で因果関係までは示されていないが、健康の維持増進や公衆衛生上の警鐘となる結果である


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