アメリカでは石油と天然ガスの採掘が広く行われており、その多くは住宅地の近くに位置しています。
そうした採掘活動が子どもたちの健康に及ぼす影響について、長年にわたり科学者たちは警鐘を鳴らしてきました。
そして今回、コロラド大学(アンシュッツキャンパ)およびイェール大学の研究者による新たな研究が、石油・ガス井の近くに住む子どもたちが、急性リンパ性白血病という稀な種類の小児がんを発症するリスクが高まることを明らかにしました。
日本では馴染みが浅い天然ガスや石油の開発ですが、この研究成果は、病気の予防における地域環境の重要性を改めて浮き彫りにするとともに、今後の政策設計に対する強い示唆を与えるものです。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Children living near oil and gas wells face higher risk of rare leukemia, studies show(2022/08/17)
参考研究)
小児白血病の現状と深刻な影響

急性リンパ性白血病(ALL)は、骨髄で始まり急速に進行する小児がんです。
アメリカでは小児がんの中で最も一般的に診断される疾患のひとつでありながら、発症そのものは稀であるとされています。(Childhood and adolescent cancer statistics, 2014より)
近年、がん治療の進歩によって長期生存率は90%を超えるようになりましたが、その一方で、生存者の多くが心疾患、精神的な健康問題、あるいは二次がんのリスク増加といった長期的な健康課題に直面しています。
アメリカ全体では2002年以降、がん全体の発症率は減少傾向にあるにもかかわらず、小児における急性リンパ性白血病の発症率は増加しており、この事実は治療だけでなく予防策の必要性を強く示唆しています。
2つの研究が同様の結論に到達

今回発表された研究は、
研究を主導したコロラド大学の環境疫学の専門家であるLisa McKenzie氏およびイェール大学のNicole Deziel氏らは、コロラド州とペンシルベニア州を対象に、それぞれ独立して2つの疫学調査を実施しました。
【調査方法と対象】
両研究とも、ケース・コントロール研究法が用いられ、がんを発症した子ども(ケース群)と、発症していない子ども(コントロール群)を比較されました。
加えて、出生記録およびがん登録簿の州データが活用され、出産時期、居住地、石油の採掘場所・天然ガスの噴出場所、採掘活動の強度などの要素を組み合わせた高度なマッピング手法により、被曝の程度を推定しています。
【コロラド州での発見】
コロラド州の研究では、1992年から2019年にかけて生まれた子どもを対象とし、急性リンパ性白血病を発症した451人の子どもとがんを発症していない2706人が調査されました。
調査では、子どもの自宅から約8マイル(13km)以内に高密度かつ高強度の油井・ガス井が存在する場合、急性リンパ性白血病を発症するリスクが少なくとも2倍になることが判明しました。
特に、自宅から約3マイル(5km)以内に油井がある子どもは最も高いリスクにさらされていました。
【ペンシルベニア州での発見】
一方、ペンシルベニア州の研究では、2009年から2017年にかけて白血病を発症した405人の子どもと発症していない2080人の子どもが対象とされました。
自宅から約1.2マイル(2km)以内に油井・ガス井がある子どもは、そうでない子どもに比べて2〜3倍も急性リンパ性白血病を発症する可能性が高いという結果が得られました。
このリスクは、妊娠中に曝露された子どもでさらに顕著に見られました。
【研究結果は先行研究とも一致】
今回の2つの研究結果は、2017年にコロラド州で行われた先行研究の結果とも一致しています。
先行研究では、急性リンパ性白血病を発症した子どもは、他のがんを発症した子どもに比べて、油井・ガス井が高密度に存在する地域に住んでいた割合が4倍高いという結果が示されていました。(Unconventional Oil and Gas Development Exposure and Risk of Childhood Acute Lymphoblastic Leukemia: A Case–Control Study in Pennsylvania, 2009–2017より)
石油・ガス採掘がもたらす環境リスク

石油・ガスの採掘では、高圧で水と化学物質を地下に注入し、地層に閉じ込められた石油・ガスを地表に押し出す技術が使われています。
この過程で有害物質が空気や水に放出されることはすでに確立された事実です。
中でもベンゼン(benzene)は代表的な発がん性物質であり、こうした開発地帯ではしばしば空気中に検出されます。
アメリカには約100万か所の稼働中の油井・ガス井が存在し、その多くが住宅地や学校の近隣にあります。
これにより、数百万人規模の子どもたちが、発がん性化学物質への曝露リスクに晒されているのが現状です。
政策への示唆と課題
アメリカでは、石油・ガスの採掘は基本的に州単位で規制されています。
そのなかで、既存の住宅との間に最低距離(セットバック)を設ける規定が多くの州で採用されています。
例えば、ある州では200フィート(約60m)から最大3,200フィート(約1km)の距離が義務付けられていますが、今回の研究結果によると、最大のセットバック距離でさえ子どもたちの白血病リスクを完全には軽減できないことが明らかになっています。
さらに、現行のセットバック規定では、有害物質の放出や大気汚染、温室効果ガスの排出についての直接的な制限は含まれていません。
したがって、地域の空気の質や気候変動に対する影響を緩和する手段とはなっていないのが現実です。
研究者たちは、今後はより大きなセットバック距離の設定と同時に、新旧すべての油井に対する排出監視と制御の義務化を含む、包括的な政策対応が必要であると主張しています。
今後の研究と未解明の問題
今回の研究はコロラド州とペンシルベニア州に限定されていますが、テキサス州やカリフォルニア州など、住宅地内に油井・ガス井が多い他の州でも同様の調査が必要とされています。
また、今回焦点が当てられた急性リンパ性白血病以外にも、急性骨髄性白血病といった他の小児がんとの関連も今後の重要な研究課題です。
この病気は成人労働者におけるベンゼン曝露との因果関係が指摘されており、小児への影響にも一定の関連がある可能性があります。
ただし、ベンゼン単体が原因なのか、それとも他の化学物質や複合的な環境要因が関与しているのかは、現時点では明らかではありません。
研究者たちは、油井・ガス井に加えて、大気汚染や社会経済的ストレスといった複合
的要因が子どもたちに与える影響を政策に反映すべきだと強く訴えています。
まとめ
・油井・ガス井の近くに住む子どもは、急性リンパ性白血病のリスクが2〜3倍に上昇することが確認された
・現行のセットバック距離では十分な健康リスク低減が期待できず、より包括的な政策の必要性が示唆されている
・ベンゼンを含む発がん性物質の影響と、地域環境・社会的ストレスとの複合的な関係についてさらなる研究が求められている


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