科学

細胞が「肥満記憶」を保持――リバウンドの仕組み解明に大きな一歩

科学

減量を目標としている人はすでに経験していることですが、体重を減らすことは簡単なことではありません。

 

例え減量に成功したとしても、その体重を維持することはさらに大変だったりします。

 

セマグルチドなど体重減少に関する新薬の登場により、大幅な減量が可能になりました。

 

しかし、これらの薬の服用を中止した途端に体重が戻ってしまう例も珍しくありません。

 

このようなリバウンドのメカニズムを解明することは、人々の健康維持を考える上で重要です。

 

今回紹介するのは、そんなリバウンドに関するメカニズムの研究です。

 

どうやら細胞の遺伝的システムが体重増加と深く関係しているようです。

 

参考記事)

Fat Cells Seem to Cling to The Memory of Being Obese, Study Finds(2024/11/21)

 

参考研究)

Adipose tissue retains an epigenetic memory of obesity after weight loss(2024/11/18)

 

 

細胞が肥満状態を記憶している

スイスのチューリッヒ工科大学による研究では、マウスを使った実験と人間の組織サンプルを用いた解析を通じ、リバウンド現象のメカニズムの解明に乗り出しました。

 

研究によれば、哺乳類の脂肪細胞はエピジェネティクス(遺伝子発現を調整する仕組み)を通じて肥満時の状態を「記憶」し、それが体重リバウンドの原因となる可能性があることが示されています。

 

これを研究者たちは「肥満記憶」と呼んでいます。

 

肥満記憶」は、脂肪細胞が一度肥満状態を経験した後も、減量して体積が縮小した後も、その肥満時の状態を遺伝子的に保持している現象を指します。

 

この記憶は、後に高脂肪食を摂取した際、脂肪細胞によって通常よりも迅速に体重を増加させる原因となります。

 

研究では、マウスに高脂肪食を与えた群と通常食を与えた群の比較が行われました。

 

マウスに対して通常食または高脂肪食を12週間と25週間与えて飼育し、その後体重減少群では8週間通常食を与えた Adipose tissue retains an epigenetic memory of obesity after weight loss より

 

この結果、高脂肪食を通常食に戻した場合のマウスは、インスリン抵抗性の改善による血糖値コントロールの正常化などが見られました。

しかし、再び高脂肪食事を両グループに与えると、肥満食だったマウスは通常食と比べて急激な体重の増加が見られました。

 

このリバウンド現象は、脂肪細胞がエピジェネティクスによる「肥満スイッチ」がONになっていることが原因と考えられています。

 

特に、過去に高脂肪食だったマウスでは、以下のような遺伝子発現の変化が観察されました。

 

・炎症に関連する遺伝子の活性化:肥満時の慢性炎症が関与している可能性

・脂肪細胞に関連する遺伝子の抑制:脂肪細胞の正常な機能が損なわれる

 

これにより、脂肪細胞が通常担うべき機能が失われることが示されています。

 

例としては、肥満者では本来脂肪細胞が行うべきエネルギーの備蓄や代謝の調整機能が損なわれていることが確認されています。

 

  

人間における肥満記憶の兆候

脂肪細胞 Laurararas より

  

マウスを用いた実験だけでなく、人間の脂肪細胞にも同様の現象が確認されています。

 

研究者たちは、減量手術(例えば胃バイパス手術など)を受けた人々の脂肪細胞を解析したところ、非肥満者の脂肪細胞とは異なるエピジェネティクスの変化を観察しました。

 

この変化は、減量後にも肥満時の影響が細胞レベルで残っていることを示唆しています。

 

ただし、冷凍保存された人間の脂肪組織を解析する技術的な制約があるため、人間でこの現象がどのようにリバウンドにつながるのか、直接的な因果関係を証明するには至っていません。

 

それでも研究者たちは、「肥満は脂肪組織に細胞および転写レベルでの変化を引き起こし、減量後もこれらの変化は完全には解消されない」と結論づけています。

 

 

肥満の持つ多面的な課題

  

肥満は単なる体重増加以上の問題を引き起こします。

 

2015年には、肥満が世界で約400万人の死亡原因となり、そのうち3分の2以上が心疾患によるものでした。

 

これは、肥満が慢性炎症や代謝異常を引き起こし、糖尿病や高血圧、動脈硬化などのリスクを増大させるためです。

 

さらに、肥満のリスクは今後も高まると予想されています。

 

特にアメリカでは、生活習慣の変化や加工食品の普及、運動不足などにより肥満率が上昇しており、この問題の解決がますます重要になっています。

 

 

肥満記憶への今後のアプローチ

肥満記憶を標的とした治療法の開発はまだ始まったばかりですが、研究者たちは将来的にこれを解決することで、リバウンドの抑制や長期的な体重管理が可能になると期待しています。

 

また、肥満記憶に対処する方法が見つかるまでの間は、「体重そのものに焦点を当てるのではなく、健康的な食事や生活習慣に目を向けること」が効果的であるとの研究結果も報告されています。

 

具体的には、減量のための極端な食事制限ではなく、栄養価の高い食品を選び、心身の健康を重視したアプローチが推奨されます。

 

 

まとめ

・脂肪細胞が一度肥満を経験するとその状態を記憶し、将来のリバウンドを引き起こす=肥満記憶

・肥満記憶は、炎症関連遺伝子の活性化や脂肪細胞の機能低下を通じて、体重の増加を促進する可能性がある

・肥満記憶を標的とした治療法の開発が期待されており、健康的な食生活や生活習慣の改善が現時点での有効なアプローチとされる

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