アメリカの現代社会において、ソーシャルメディア、砂糖入り飲料、銃などなど、私たちの行動や選択に影響を与える「市場主導による疫病」が問題となっています。
これは、企業が魅力的で中毒性のある製品を通じて消費者の無意識な行動を誘導しているというもので、心身の健康に深刻な悪影響を与えていると考えられています。
行動経済学の観点から見ると、こうした製品は消費者のバイアスや習慣を巧みに利用し、問題が指摘されても依然として高い消費が続いています。
かつては、タバコでさえ“健康に良い嗜好品”と宣伝されたこともあり、その時の常識が企業やメディアによってコントロールされていたことも興味深いです。
こういった背景は現在でも顕著で、一般市民の公衆衛生の観点と企業による商業活動の姿勢が問題となっています。
今回のテーマは、そんな“市場が生み出した病気”についてです。
参考記事)
・Companies keep selling harmful products – but history shows consumers can win in the end(2024/09/30)
・States Sue Meta Alleging Harm to Young People on Instagram, Facebook(2023/10/24)
参考研究)
・Commercial Snack Food and Beverage Consumption Prevalence among Children 6–59 Months in West Africa(2019/10/15)
市場が生み出した病気
2023年、全米の42州の検事総長がMeta(メタ)を提訴し、Instagramの機能を削除するよう求めました。
これは、Meta自身の調査および独立した機関の研究から、“Instagramが10代の少女に有害である”と確認されたためです。
また、同じ年、非営利団体のサンディフック・プロミス(Sandy Hook Promise)の報告によると、銃器メーカーが若者をターゲットにした広告やビデオゲーム内での製品配置を行っていることが明らかになりました。
さらに、パリオリンピックの準備期間中、ある国際的な健康ジャーナルは、糖分の多い飲料による肥満、糖尿病、心臓病、高血圧の増加に強い懸念を示していました。
彼らはこれを背景に、国際オリンピック委員会(IOC)に対し、コカ・コーラと縁を切る(宣伝の停止や利害関係を解消する)よう促しました。
これらの“ソーシャルメディア、銃、糖分”を含む事例は、米国で「市場主導の疫病」と呼ばれるものの典型的な例です。
疫病というと、ウイルスや細菌が原因だと考える人が多いかもしれません。
しかし、公衆衛生の専門家からすると、商業もまた、疫病を引き起こす原因となり得ると言います。
そのため、本研究のチームによる研究ではこの問題を「市場主導の疫病」と名付けました。
市場主導の疫病の典型的な流れ
研究によると、市場主導の疫病はある特定のパターンに従います。
まず、企業が魅力的で中毒性のある製品を販売し始めます。
多くの人々がその製品を使い始めると、健康への悪影響が明らかになってきます。
それでも被害の証拠が増え、死亡者が出ても、企業は健康当局や消費者団体などの規制の取り組みに抵抗しながら売上を伸ばし続けます。
このパターンは、ソーシャルメディア、銃、砂糖入り飲料、超加工食品、オピオイド(処方薬)、ニコチン製品、乳児用ミルク、アルコールなど、多くの製品に共通しています。
これらの製品の被害は、アメリカ国内で毎年100万人以上の死因に関与していると言われています。
商業疫病との戦い方
研究では、「これらの疫病に対して、何百万人もの消費パターンを変えることができるか」という問題を提起しました。
そして、「もし可能であれば、それには何が必要か」ということも調査しました。
その答えを探るために、タバコ、砂糖、処方オピオイドの3つの製品の消費削減の歴史を振り返りました。
それぞれの場合、健康問題が懸念されているにもかかわらず、アメリカ人の消費量は増え続けていました。
しかし、「ある転換点」に達した後、消費は徐々に減少していったことが分かりました。
例えば、タバコでは、1964年にアメリカ公衆衛生局長が「喫煙ががんを引き起こす」と明言したことが転換点となりました。
砂糖では、1999年に「砂糖に溺れるアメリカ(America: Drowning in Sugar)」という旨の請願が提出されたことが転換点のひとつでした。
これは消費者に健康的な選択を促し、市場に出回る製品の多くがどれだけ砂糖を含んでいるかを強調しました。
オピオイドでは、2011年にアメリカ疾病対策センター(CDC)が「オピオイド危機(Prescription Drug Overdoses: An American Epidemic)」を宣言したことが転換点となりました。
この報告を機に、医師や製薬業界が薬の取り扱いに敏感になり、オピオイドの処方がおよそ60%減少することになりました。
過去から学ぶこと
今日の市場主導の疫病に簡単な解決策はありませんが、これらの歴史から学べることはたくさんあります。
たとえば、喫煙に対する認識の変化は、政府など一定の権威ある声が企業の抵抗や誤情報に対抗するためにいかに有効であるかを示しました。
また、砂糖入り飲料の消費削減に関する明確な指針も消費者の行動を変える力があることを示しました。
さらに、オピオイド(薬物)から学べるのは、製品を提供する企業下に圧力をかけることが非常に効果的な手段であるということです。
タバコやオピオイドの事例からもわかるように、公衆衛生の働きかけと科学的な証拠は、商業のもたらす疫病に対して効果的に対抗できるのです。
これらは、研究によって裏付けられた証拠と公衆への働きかけが、世界的な健康問題の潮流を変え、数百万の命を救い、莫大な医療費を節約する可能性があることを示しています。
まとめ
・ソーシャルメディアの有害性、銃の若者向け広告、ジュースやお菓子と健康問題などなど……、市場主導による健康被害は近代史の中でも多くの事例がある
・逆に、そういった市場の宣伝効果によって公衆衛生が改善された例もある(タバコや砂糖、オピオイドの消費削減など)
・公的機関の発信、消費者の関心、商品を作る企業や個人への圧力が重要
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