雑記

愛しながらの戦い~ヤスパース③~

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の続き…。

 

前回までの記事にてヤスパースの人生についてまとめていきました。

 

父の教育理念やゲルトルートとの出会い、社会情勢による苦悩など彼の思考に大きく影響を与えた出来事が書いてあります。

 

今回の記事では彼の実存主義と言われる哲学がどのようなものだったのかについて触れていきます。
  

 

 

限界状況

人間は絶望を経験することで強くなっていくと主張しました。

 

人間が生きていく中には、様々な壁が立ちふさがります。

 

その壁を乗り越えたり、壁から目を背けることでなんとか生きているのが私達です。

 

しかし長い人生の中では、越えられない壁が現れます。

 

ヤスパースはこの壁を目の前にしたとき、人間は絶望を知ると言いました。

 

 

絶望と超越者

カール・ヤスパース(1883~1969年)
ヤスパース
ヤスパース

自身の限界を知り、超越者を知る。

絶望とは死・苦悩・罪・争いなどによって、自分の限界を身をもって体感することを言います。

 

限界を知り自分は無力であることを自覚することを“有限性の自覚”と言います。

 

自分の有限性を自覚することで、この世界の理を超えたもの(超越者や包括者)の存在に気づくと考えました。

 

(おそらくこの超越者とは神のようなものであると考えられますが、ヤスパースは明確に伝えることはしていません。)

 

愛の闘争

理性的に交流し、自分を見つける。

彼は「超越者に出会い、実存(自分が何であるのか)に目覚めた者同士が愛しながらも対立し合うことが必要である。」と言いました。

 

実存を意識した者同士の交流は、大衆の交流とは違いがあります。

 

個人が全く違う意見を持っているため、孤独を感じることもあったり、時には対立することもあります。

 

ヤスパースは、そんなお互いの関係を維持しながらも、相手を尊重し理性的に交流を深めることを“愛の闘争(愛しながらの戦い)”と言いました。

 

このような者たちと共に自分は何であるのかを考え、時には批判し合いながら答えを探すことで真の自己を見出だせると考えたのです。

 


以上、大まかではありますがヤスパースの実存主義についてまとめさせてもらいました。

 

ヤスパースの生い立ちを知ると、理性的な考えを持ったワケや絶望を知る体験など、この実存主義に至った理由も把握できますね。

 

キルケゴールの実存主義と似ているところも多いですが、最も違いがあるところは超越者へ向き合い方です。

 

キルケゴールは「ただ一人、単独者として神(超越者)と向き合おう。」と主張したのに対し、

 

ヤスパースは「超越者を感じた者同士で理性的に交わろう。」と主張しました。

 

彼は対話を重要視することで、技術によって人間が平均化された世の中において、自分が何であるのかを見出そうと考えたのです。

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