アルツハイマー病やパーキンソン病に共通する特徴として、脳内に蓄積する異常なタンパク質のゴミが挙げられます。
これらは細胞の働きを妨害し、やがて神経細胞の機能低下や死滅につながるとされています。
しかし、スイスの研究チームが主導した最新研究は、この有害なタンパク質の蓄積に対して、私たちの体内に自然に存在する小さな分子「スペルミン(spermine)」が重要な役割を果たし得ることを報告しました。
今回の研究は、スイスのパウルシェラー研究所を中心とする研究グループが主導したもので、スペルミンがアルツハイマー病やパーキンソン病の発症に関与するとされるタンパク質を液状化し、細胞の廃棄システムであるオートファジーが除去しやすい状態へと変化させる可能性が示唆されました。
今回のテーマとして、以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・A Natural Molecule May Help Clear Buildup of Alzheimer’s Proteins, Study Finds(2025/12/02)
参考研究)
スペルミンとはどのような物質か

スペルミンは150年以上前から知られている生体内分子で、通常は代謝に深く関わり、エネルギー生産や細胞機能維持に重要な役割を担っています。
この分子が神経変性疾患に関与する異常タンパク質にどのように働きかけるのかは、これまで明確には分かっていませんでした。
今回の研究で焦点となったのは、アルツハイマー病に関連する「タウ(tau)」、パーキンソン病に関連する「αシヌクレイン(alpha-synuclein)」という2つのアミロイドタンパク質 です。
通常、これらのタンパク質は誤って折り畳まれると、硬く粘りつく凝集体(アミロイド斑)を形成し、脳細胞を傷つける要因となります。
こうした凝集体が「原因なのか、結果なのか」は現時点で完全には解明されておらず、原文でも「明確ではない」とされています。
この点は科学的に曖昧な部分であるため、ここでも明記します。
スペルミンがタンパク質を液状化させるメカニズム
PSIの研究チームは、スペルミンをアルツハイマー病やパーキンソン病に類似した症状を示す線虫に投与したところ、老齢期における健康状態が改善し、細胞がエネルギーを失って機能低下する現象が抑えられたと報告しました。
さらに試験管内での詳細な分析によって、スペルミンがどのようにタンパク質に作用しているかが明らかになりました。
研究によると、スペルミンはタウやαシヌクレインに対して以下の作用を示します。
Spermine modulation of Alzheimer’s Tau and Parkinson’s α-synuclein: implications for biomolecular condensation and neurodegenerationより • 凝縮を促し、固い塊ではなく液体に近い柔らかい水滴(ドロップ状)へ変化させる
• この状態は柔らかく可動性が高いため、オートファジーが処理しやすくなる
• 結果として、細胞内に硬いアミロイド斑が形成されるのを防ぐ可能性がある
PSIの研究者 Jinghui Luo 氏は、この現象を料理にたとえて分かりやすく説明しています。
「スペルミンは、細長いパスタ同士をくっつけすぎずに結びつける“チーズ”のようなもので、より消化しやすい状態を作り出す」
この比喩により、スペルミンがタンパク質を「固着させずにまとめる」ことが理解しやすくなっています。
なお、この作用を引き起こす力は、分子同士の弱い電気的な相互作用によるもので、強固な結合ではない点も指摘されています。
ゆるやかに組織化させることで塊を柔らかく保ち、強固なアミロイド斑の形成を防ぐと考えられています。
スペルミンは異常タンパク質が“増え過ぎたときだけ”作用する
研究チームは、スペルミンがタウやαシヌクレインに対して常に作用するわけではなく、タンパク質が高濃度になり、ストレス条件下で誤って折り畳まれる可能性が高い状況で選択的に働くという点を確認しています。
これは重要なポイントであり、正常なタンパク質機能を妨げずに、異常化したものだけをターゲットにする可能性を示唆するものです。
ただし、この選択性がどの程度精密に働くのかはまだ完全には分かっておらず、ここは原文の時点でも確定していない曖昧な領域であるため、その旨を明記します。
ヒトに応用できるかはまだ不明
研究は、試験管内での分子観察および線虫モデルでの結果であり、現時点では人間の脳で同じ効果が得られるかどうかは全く確定していません。
この点は原文でも強調されており、「まだ長い道のりが残されている」と明記されています。
しかし、研究チームは以下の理由から将来的な応用に期待を示しています。
• スペルミンはすでに脳の保護作用を持つことが先行研究で示されている
• タンパク質凝集が関与する多様な疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病、がんなど)への応用が期待できる
• 分子メカニズムが理解できれば、スペルミン類似分子の医薬応用が可能になる
特にLuo氏は、「もし基盤となるメカニズムをより深く理解できれば、どの“スパイス”をどれだけ加えれば最適なソースになるのかが分かる。それによって毒性のあるプロセスを取り除けるはずである」と述べ、今後の発展に意欲を見せています。
スペルミンを増やす方法

スペルミンは、体内で自然に合成されるほか、食品から摂取することもできます。
また、生活習慣によって体内のポリアミン代謝が変化することも報告されています。
1. 食事から摂取する方法:ポリアミンを多く含む食品を食べる
スペルミンやスペルミジン(spermidine)などのポリアミンは、食品に豊富に含まれています。
特に高い食品は以下です。
●スペルミン・スペルミジンが多い食品
• 大豆製品(納豆、味噌、豆腐)※特に納豆が非常に豊富
• 熟成チーズ
• きのこ類(特にしいたけ)
• 未精製の全粒穀物
• 野菜(ブロッコリー、カリフラワー、枝豆など)
• 果物(マンゴー、バナナ)
• 肉類(特に鶏肉やレバー)
• 魚類(特に貝類)
とくに納豆はスペルミジンが非常に多く、体内でスペルミンに変換されるため、ポリアミン全体を増やす食品として最も効果的とされています。
(※ヒトでの“摂取量と血中ポリアミンの増加量”の関係は研究途上であり、確実な効果量はまだ明らかではありません。)
2. 腸内細菌を整える(ポリアミン産生菌を増やす)
腸内細菌の一部はポリアミンを産生します。
したがって、腸内環境を改善することは間接的にスペルミンを増やす可能性があります。
効果が期待される方法
• 発酵食品(キムチ、納豆、味噌など)を食べる
• 食物繊維を増やす
• オリゴ糖を摂る
• プロバイオティクスを利用する
腸内細菌がスペルミジンを作り、それがスペルミンに変換されるルートも確認されています。
※腸内細菌由来のスペルミンの増加量については研究が進行中で、個人差が大きいことが分かっています。
3. 体内での合成を促す生活習慣
スペルミンは体内で合成されるため、代謝に関連する生活習慣が影響します。
●適度な運動
軽〜中強度の運動がポリアミン代謝を改善する可能性が研究で示唆されています。
●良質な睡眠
睡眠は細胞修復や代謝調整に重要で、ポリアミン関連酵素の活性に影響を与える可能性があります。
●慢性ストレスを減らす
ストレスは細胞の酸化ストレスを増加させ、ポリアミン代謝を乱す可能性があります。
●過度な飲酒を避ける
アルコールは肝臓の代謝に負担をかけ、ポリアミン合成の効率を低下させることがあります。
4. ポリアミンサプリメント(スペルミジンなど)
現在、最も研究が進んでいるのは スペルミジン(spermidine)サプリメント です。
これは体内でスペルミンに変換されるため、結果的にスペルミン量を増やすと考えられています。
期待される効果(研究レベル)
• オートファジー促進
• 抗炎症作用
• 加齢関連疾患のリスク低減の可能性
ただし、用量、長期摂取の安全性、ヒトでの確実な効果については明確な基準が確立してないため、自己判断で大量摂取することは推奨されません。
サプリメントによるポリアミン増加効果は動物モデルでは有望とされていますが、ヒトではまだ確定していない研究段階です。
スペルミンを増やすために現実的にできること
現時点で科学的に「安全かつ効果が期待できる」方法は次の通りです。
• 発酵食品(特に納豆)を日常的に食べる
• 野菜、きのこ、全粒穀物を増やす
• 腸内環境を整える
• 適度な運動と十分な睡眠
• ストレス軽減
まとめ
・スペルミンは、タウやαシヌクレインなどの異常タンパク質を柔らかい液状の凝縮体へと変化させ、オートファジーによる除去をサポートする可能性が示された
・線虫および試験管レベルでの結果であり、人間で同じ効果が期待できるかどうかは未確定
・タンパク質凝集が関与する神経変性疾患やがんなど、複数の疾患への応用可能性が示唆されているが、詳細なメカニズムは依然として研究途上である


コメント