加齢とともに強くなる脳の領域についての研究

科学
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一般的には、年齢を重ねるとともに脳は自然に退化していくと考えられています。

 

しかし、ドイツのマグでブルク大学による最新の研究は、この常識を覆す可能性を示しています。

 

研究によれば、脳の中でも感覚情報を処理する一次体性感覚野の一部は、他の領域に見られるような萎縮や薄化を免れるだけでなく、むしろ厚みを増し、強化されるものがあると判明しました。

 

この結果は、脳の適応能力、すなわち可塑性が高齢期においても維持されることを意味しており、さらに私たちが脳を使えば使うほど、それが強くなる可能性を示唆しています。

 

今回のテーマとして、研究の内容を以下にまとめます。

 

参考記事)

Some Layers of Your Brain Actually Get Stronger as You Age(2025/08/25)

 

参考研究)

Layer-specific changes in sensory cortex across the lifespan in mice and humans(2025/08/11)

 

 

一次体性感覚野の加齢変化

この研究は、ドイツのオットー・フォン・ゲーリケ大学マクデブルクの神経科学者Peng Liu氏とJuliane Doehler氏が主導し、ドイツ神経変性疾患センターおよびヘルティ臨床脳研究所に所属する神経科学者Esther Kühn氏らと共に行われました。

 

従来、脳の皮質(大脳皮質)は加齢に伴い薄くなり、体積が減少するため機能も低下するというのが一般的な理解でした。

 

しかし、研究チームはこの前提を検証するために、ヒトとマウスの脳を対象とした詳細な解析を実施しました。

 

特に注目したのは脳の上部に位置する一次体性感覚野であり、この領域は触覚などの感覚情報を受け取り処理する役割を担っています。

 

Kühn氏は、「これまで一次体性感覚野が複数の非常に薄い層から構成されていること、それぞれが異なる機能と構造を持っていることは十分に考慮されなかった。私たちは今回の研究で、それぞれの層が加齢によって異なる変化をたどることを見出した」と説明しています。

 

【一次体性感覚野】

一次体性感覚野

・頭頂葉の前中央溝のすぐ後ろ、脳の表面に帯状に広がる領域

・3a野、3b野、1野、2野の4つのサブ領域から成り、手足や顔など各部位の触覚、痛覚、温度覚、深部感覚を最初に受け取る

・ここで処理された感覚情報は二次体性感覚野や運動野へ送り出され、物の形や質感の認識、触覚を伴う動作制御に繋がる

・一次体性感覚野が損傷すると、感覚失認(触れても何かわからない)や空間認知障害、運動失行などが生じ、身の回りの動作に支障をきたす

  

  

MRIによる精密な観察 

研究チームは、21歳から80歳までの61人の成人を対象に、高解像度MRIスキャンを行いました。

 

この手法により、一次体性感覚野の極めて薄い層を個別に観察することが可能となりました。

 

スキャンの結果、下層にあたる領域は予想どおり高齢者で薄くなっていたのに対し、中層および上層はむしろ厚みを増していることが判明しました。

 

Kühn氏はこの現象について次のように述べています。

中層は触覚刺激の主要なゲートウェイとして機能している。その上に位置する層では、隣接する指の間での協調など、より複雑な処理が行われます。物をつかむ際などにはこの機能が重要

 

一方で、下層は感覚信号の調整を担っており、入力された触覚情報を増幅したり抑制したりします。

 

たとえば、服を着ているときにその感覚を常に意識しないのは、この調整機能によるものです。

 

しかし、この層は加齢とともに薄くなることが観察されました。

 

 

「使えば強くなる」脳の可塑性 

  

研究チームは、この違いの背景に「使えば強くなる(use it or lose it)」という原則が働いている可能性を指摘しています。

 

中層や上層は外界からの刺激を直接受け取るため、常に活発に働いている。一方で下層は高齢になると刺激の機会が減少する。私たちの結果は、脳が頻繁に使われる部分を保持し、あまり使われない部分を削ぎ落としていくことを示唆している。これは神経可塑性、すなわち適応能力の一端である」とKühn氏は述べています。

 

さらに驚くべきことに、下層が薄くなっても完全に機能を失うわけではなく、細胞変性を補うかのように髄鞘の含有量が増加していました。

 

これは、信号の調整を担う特定の神経細胞が増加することによる適応の一例だと考えられています。

 

 

老化に対する楽観的な視点 

これらの発見は、老化が一方的に脳機能を衰退させるわけではないことを示唆しています。

 

むしろ適切な刺激を与え続ければ、脳は加齢に応じて再編成され、ある部分は強化されうるのです。

 

今後は、この適応メカニズムをさらに解明し、将来的には脳の健康維持や老化対策に活用できる可能性があります。

 

ただし、今回の研究対象は61名と比較的小規模であり、また解析は一次体性感覚野に限られているため、他の脳領域に同じ現象が当てはまるかどうかは明確ではないため、今後の追加研究が不可欠としています。

  

 

まとめ

・脳の一次体性感覚野の中層・上層は加齢とともに厚みを増し、強化される可能性がある

・下層は薄くなるが、髄鞘の増加などによる代償的な適応も観察された

・適切な刺激によって脳の可塑性を高齢期まで維持できる可能性が示唆された

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