近年、運動が健康全般にもたらす効果は広く知られるようになっていますが、その影響は単なる体力向上や体重管理にとどまりません。
オーストラリアのエディス・コーワン大大学の研究から、がんの進行抑制や再発予防にも関与する可能性があるとする研究が注目を集めています。
実験では、乳がん患者がわずか1回の運動を行っただけでも、血液中に腫瘍の成長を抑えるタンパク質が増加することが明らかになりました。
今回はそんな運動とがんに関する研究をテーマに内容をまとめます。
参考記事)
・Exercise Can Help Fight Breast Cancer, Experiments Show(2025/08/11)
参考研究)
1回の運動が生み出す「がん抑制物質」

研究チームを率いた運動生理学者Francesco Bettariga氏らは、乳がんの治療を終えた32名の患者(いわゆるがんサバイバー)を対象に実験を行いました。
被験者は45分間のレジスタンストレーニング(筋力トレーニング)または高強度インターバルトレーニング(HIIT)のいずれかを実施しました。
その結果、運動後の血液中には「マイオカイン(myokines)」と呼ばれるメッセンジャータンパク質が急増していたことが分かりました。

マイオカインは、骨格筋が収縮した際に分泌される生理活性物質で、筋肉や脂肪の代謝促進、抗炎症作用など多岐にわたる機能を持ちます。
これらの物質は、実験室での実験では、乳がん細胞と接触させた場合に腫瘍の成長を最大30%抑制することが確認されています。(Effects of short- and long-term exercise training on cancer cells in vitro: Insights into the mechanistic associationsより)
実験の方法と詳細
被験者は運動前、運動直後、そして30分後に採血され、その血液中のマイオカイン濃度を測定されました。
• レジスタンストレーニング群
チェストプレス、シーテッドロー、ショルダープレス、ラットプルダウン、レッグプレス、レッグエクステンション、レッグカール、ランジといった種目を実施
• 高強度インターバルトレーニング群
エアロバイク、トレッドミル、ローイングマシン、クロストレーナーなどを用いたインターバル形式の運動を実施
両グループとも、運動後にデコリン(decorin)、IL-6(インターロイキン6)、SPARCの3種類のマイオカイン濃度が短時間で上昇しました。
これらは既知の抗炎症作用を持つほか、がん細胞の増殖抑制にも関わるとされています。(IL-6: The Link Between Inflammation, Immunity and Breast Cancerより)
なぜ乳がん細胞に効果があるのか
特に注目すべき点は、今回の実験で用いられた乳がん細胞の一部がトリプルネガティブ乳がん細胞だったことです。
トリプルネガティブ乳がんは、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2受容体を持たないため、ホルモン療法が効きにくい特徴があります。
そのため、運動によるホルモン変化は直接的な効果を持たないと予想されていました。
しかし、マイオカインはホルモン経路ではなく、直接的にがん細胞の増殖を抑える可能性があることが今回の結果で示されました。
既存研究との関係
マイオカインの抗腫瘍作用については、これまでにも前臨床試験や動物実験で証拠が示されていました。
しかし、乳がんサバイバーにおいて同様の現象が確認されたのは今回が初めてです。
これにより、運動が持つ「抗がん作用の分子メカニズム」が一歩解明された形となります。
Bettariga氏は次のように述べています。
「この研究結果は、乳がんサバイバーにおいて、レジスタンストレーニングと高強度インターバルトレーニングの両方が、抗がん性マイオカインを生成することを示している。これは、がん治療の標準ケアに運動を組み込む強力な動機付けとなる」
また、今回の結果は、運動による循環マイオカインの急性変化と乳がん細胞の成長抑制を明確に示されました。
しかし、今回の研究は短期的な変化に着目しており、運動を継続することで長期的に再発率が低下するかどうかは未解明です。
また、被験者数は32名と比較的少なく、個々の生活習慣や体力レベルによる差も考慮する必要があります。
さらに、運動によるマイオカインの上昇は一時的であるため、継続的な運動習慣が不可欠であると考えられます。
臨床応用の可能性
それでも、今回の研究は乳がん治療における「運動療法」の重要性を裏付ける強い証拠です。
将来的には、化学療法や放射線療法と併用して運動プログラムを設計することで、治療効果や再発予防効果を高められる可能性があります。
特に、薬物療法の副作用により長期の体力低下が懸念される患者にとって、適切な運動は筋力維持と免疫機能の向上にもつながると期待されます。
まとめ
・乳がんサバイバーが45分間の運動を行うと、血中マイオカイン濃度が上昇し、がん細胞の成長を最大30%抑制されることが示唆された
・レジスタンストレーニングと高強度インターバルトレーニングの両方で同様の効果が確認された
・長期的な再発防止効果は未解明だが、がん治療への運動の組み込みが有望視される


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