私たちが日常的に接している「読む」と「聞く」という二つの行為は、一見似ているようでいて、脳においてはまったく異なるプロセスが働いています。
テキストを黙読することと、ポッドキャストや音声で情報を得ることは、目的としては同じ「理解」に向かっているものの、その道筋や脳の使われ方は大きく異なっているのです。
アメリカ・デラウェア大学で教育・人間発達学を専門とするStephanie N. Del Tufo助教授は、MRIや脳波測定(EEG)などの神経科学的手法を用いて、言語処理の研究を分析しました。
彼女の研究から、読むことと聞くことがそれぞれ異なる形で脳に働きかけていることが明らかになってきました。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事))
・Reading Hits Differently to Listening For Your Brain, Science Says(2025/08/02)
参考研究)
・Listening Ears or Reading Eyes: A Meta-Analysis of Reading and Listening Comprehension Comparisons(2021/12/19)
研究の背景:未来の部屋に本はあるか?
Del Tufo助教授はまず、読者に興味深い問いかけをしています。
「未来の数百年後の世界を想像してみてください。人々は銀河の間を旅し、宇宙船や海中都市で生活し、窓の外には土星の輪や海底の光景が広がっているかもしれません。さて、そんな未来の部屋に『本』はあるでしょうか?」
これは、読書という行為がどれほど日常的なものでありながらも、今なお意義ある営みであることを示唆する導入です。
私たちは情報の大半をデジタル音声で手に入れる時代に生きていますが、なぜ本を読むという行為は今なお廃れずに残っているのでしょうか?
この問いが、本研究の出発点となっています。
読むことと聞くことは「同じ理解」を目指しているが、脳の働きは異なる

読むことと聞くことの目的は共通しています。
それは、情報を理解することです。
しかしながら、この2つの行為は、脳内での処理方法がまったく異なります。
【読むときの脳の動き】
読書の際、脳は視覚的に文字の形を認識し、それを音声に対応させ、さらに意味と結びつけます。
その上で、単語や文、章の流れを統合しながら理解を深めていきます。
句読点や段落、太字といった視覚的な構造が、意味の理解を助ける補助線となっているのです。
また、読者自身のペースで読み進めることができ、理解が曖昧な箇所は再読することで補完が可能です。重要な点に線を引くなど、能動的な関わり方ができるのも読書ならではの特性といえます。
【聞くときの脳の動き】
一方で、聞くという行為は、話者のスピードに合わせてリアルタイムに処理する必要があります。
音声は一過性のため、聞き逃した情報を即座に記憶し、文脈の中で意味を補完しなければなりません。
また、話し言葉は「連続的」な音の流れであり、単語同士が混ざり合う「共発音(coarticulation)」という現象が起きます。
これにより、リスナーの脳は音声の切れ目を素早く見つけ、言葉の意味に繋げる作業を同時並行で行わなければならなくなるのです。
さらに、声のトーンや話者の身振り、話す場面などの文脈的手がかりも総動員して理解を補強していきます。
「聞くほうが楽」という誤解
多くの人が「聞くほうが楽」と考えがちですが、実際にはそうとも限りません。
研究によると、内容が複雑である場合や馴染みのない題材に関しては、聞くことの方がむしろ難しいとされています。
Del Tufo助教授の研究では、物語などのシンプルなフィクションでは、読むことと聞くことの理解度は近いものの、論説文や説明的文章では、読むことの方が理解が深まる傾向が強いことが分かっています。
【フィクションとノンフィクションで異なる脳ネットワークが働く】
・フィクション:物語を理解する脳領域(社会的理解、感情的共感)
・ノンフィクション:目的志向の注意や戦略的思考に関わる領域
つまり、テキストのジャンルによって脳の使われ方が異なるため、聞く・読むのどちらが適しているかも変わってくるのです。
読書の「操作性」が理解を深める
読むことには、自由にページを行き来できる操作性の高さがあります。
分からない箇所を読み返したり、重要な文を繰り返し確認したりすることができます。
一方、音声では、巻き戻して確認するという操作はできますが、ページをパラパラめくるような自由度はなく、理解の流れが分断されやすいという欠点があります。
情報の定着や再確認のしやすさという点では、読むことに軍配が上がるのです。
理解に重要なのは「どれだけ集中しているか」

読む・聞くのどちらにおいても、理解に影響を与える最大の要素は集中力です。
ここでいう集中力とは、単に音や文字を追うのではなく、自分の知識と照らし合わせながら、積極的に思考を巡らせることを指します。
Del Tufo助教授の研究では、大学生にポッドキャストを聞かせたグループと、同じ内容を読ませたグループでテストを実施しました。
結果、読書した学生の方が大幅に正答率が高かったことが明らかになりました。
この背景には、音声で情報を得る際には「ながら聞き(マルチタスク)」が多くなりがちで、注意力が散漫になりやすいという点が挙げられます。
実際、多くの学生が聞きながら他の作業をしていたと報告しています。
書籍と音声、それぞれの特性を理解して使い分けることが大切
結論として、読むことと聞くことは同等ではなく、それぞれが異なる認知的メリットを持つ補完的な手段であるということが、Del Tufo助教授の研究から導き出されます。
そのため、どちらか一方を万能と考えるのではなく、学習の目的や内容に応じて使い分けることが、最も効果的なアプローチであるといえるでしょう。
まとめ
・読むことと聞くことは目的が同じでも、脳の使われ方が異なる
・内容の複雑さやジャンルに応じて、適切な手段を選ぶことが重要
・集中力と能動的な関与が、理解を深める最大の鍵である


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