現代社会における肥満と過体重の蔓延は、世界的な健康危機といえる状況にあります。
日本においては成人のおよそ26%程度が肥満に分類(BMI≧25)され、世界的に見ても圧倒的に低い水準です。

特にアメリカでは、成人の約70%が肥満または過体重と分類されており、その背景には遺伝的要因や運動不足に加え、加工食品や高カロリーな甘味料を含む食品の過剰摂取が深く関わっています。
そうした流れの中で、「カロリーゼロ」や「糖質オフ」をうたった低カロリー甘味料(Low Calorie Sweeteners:以下LCS)の人気が高まり、糖尿病患者やダイエットを志す人々にとって代替手段となっています。
しかし、LCSが果たして本当に“健康的な選択肢”であるのかについては、これまで神経科学的な観点から十分に検証されてきませんでした。
今回の、カロリーのある甘味料(砂糖)およびLCSが、脳の「報酬系」と「エネルギーバランス調整機構」に与える影響を、近年の動物研究を中心に解説し、その神経
以下に研究の内容をまとめます。
参考研究)
砂糖が脳の「恒常性系(homeostatic system)」に与える影響

エネルギーの必要性に応じて摂食行動を調整する恒常性系は、視床下部に存在する摂食促進系と摂食抑制系という拮抗する2つの経路から構成されています。
前者にはニューロペプチドY(NPY)やアグーチ関連タンパク質(AgRP)が含まれ、後者にはプロオピオメラノコルチンやオキシトシンが関与しています。
【用語】
ニューロペプチドY(NPY)
・食欲を強く刺激するペプチド性の生理活性物質
・主に視床下部で作られる
・空腹時に増加し、体がエネルギーを欲しているサインとして働く
・食事をとるとNPYの量は減少
アグーチ関連タンパク質(AgRP)
・NPYとセットで働き、食欲を増進させる役割がある
・AgRPはメラノコルチン受容体(MC4R)を阻害することで、満腹中枢の働きを抑える
・その結果、満腹感を感じにくくなり、食欲が高まる
・絶食時に分泌が増え、エネルギー摂取を促す
プロオピオメラノコルチン(POMC)
・満腹を促す神経ペプチドのもととなるタンパク質
・脳内で、α-MSH(アルファ・メラノサイト刺激ホルモン)などに分解される
・α-MSHはMC4Rを活性化し、満腹感を伝える
・食後に活性化されることで、食べすぎを防ぐ
オキシトシン(Oxytocin)
・「愛情ホルモン」や「幸せホルモン」として知られている
・食欲抑制作用も持ちます
・脳の視床下部や脳下垂体後葉から分泌される
・満腹中枢を刺激して食欲を抑える働きがある
近年の研究では、砂糖(スクロース)を摂取した直後にはNPYやAgRPの発現が一時的に減少し、その後30〜60分以内に急増することが報告されました。
この現象は、初期段階では満腹感をもたらすものの、その後に空腹を誘発し、結果として摂取量の増加を招く可能性があると考えられます。
また、高脂肪食と砂糖水の併用摂取を行ったマウスでは、POMCの発現が抑制され、食欲の抑制機構が低下したことも確認されました。
さらに、慢性的な砂糖の摂取は、オキシトシン系の活動も低下させるという知見も得られています。
砂糖の種類によって満腹感に違いが出ることも判明しています。
たとえば、グルコースは脳内のコレシストキニン(CCK)の発現を増加させたのに対し、フルクトースは逆にCCKを抑制しました。
【用語】
コレシストキニン(CCK)
・小腸(特に十二指腸)で分泌される消化管ホルモン
・主に食事(特に脂肪やタンパク質)を摂った後に分泌される
・膵液や胆汁の分泌を促進させる
これは、グルコースの方が満腹感を誘導しやすく、フルクトースは満腹感を得にくいという現象に関連しているとされています。
砂糖が脳の「報酬系(hedonic system)」に及ぼす影響
甘味が快感をもたらすことは日常的にも実感されますが、それを支えるのが脳内の報酬系、特にメソリムビック経路を介したドーパミン系やオピオイド系です。
とくに側坐核(そくざかく)は「快感の中心地」とも呼ばれ、甘味摂取時にはドーパミンがこの領域で増加します。

ところが、高スクロース摂取を継続したラットでは、側坐核におけるドーパミン濃度やチロシン水酸化酵素(TH)の発現が低下することがわかりました。
これは、快感の刺激が長期的には報酬感覚の減退や過食につながる「負のフィードバック」回路を形成している可能性を示します。
さらに、側坐核の外側(シェル)と内側(コア)という2つの領域におけるドーパミンの挙動の違いについても分析が進んでおり、シェル領域の方が長く強い反応を示すことが明らかとなっています。
これは薬物依存に近い形で、砂糖が「習慣化しやすい報酬刺激」であることを裏づけています。
オピオイド受容体との関係についても、MOR(μ-オピオイド受容体)欠損マウスでは、砂糖に対する「なめ行動」の感受性が減少し、甘味に対する快感の低下が示唆されました。
一方で、カロリーを含まないスプレンダ(スクラロース)への反応の減少も観察され、砂糖のカロリー性と快楽性は別々に処理されている可能性があると考えられます。
恒常性系と報酬系の相互作用

最近の研究では、摂食に関する「必要性」と「快感」の2系統が相互に影響を及ぼしあっていることが分かってきました。
【参考】
・Limbic substrates of the effects of neuropeptide Y on intake of and motivation for palatable food
・Corticostriatal-hypothalamic circuitry and food motivation: integration of energy, action and reward
より
たとえば、フルクトースの過食が視床下部と側坐核の神経活性を変化させるとともに、報酬関連のオレキシン神経系を活性化することが観察されました。
これにより、「カロリー不足が食物からの快感を増幅させる」回路が存在することが推定されています。
また、NPY、メラノコルチン、オレキシンといった恒常性系の神経物質を報酬系の部位に注入した実験では、ドーパミン活性を介して砂糖摂取量や快感が変動することが確認されており、両系統の神経回路が密接に連携していることが浮き彫りとなっています。
人工甘味料(LCS)が脳機能に与える影響
一方で、カロリーを持たない人工甘味料が同様に脳内報酬系や恒常性系に影響を与えるかについても、多くの研究が進行中です。
ある研究では、サッカリンやスクラロースといったLCSでも、オレキシンやMCHの発現に影響を与えることが確認されています。(Amygdala response to sucrose consumption is inversely related to artificial sweetener useより)
とくに空腹状態では、砂糖とLCSはそれぞれ異なる形で脳を活性化し、LCSでも摂食行動や報酬行動を促すことが可能であることが示されています。
また、ラットがサッカリンに対して「渇望の強化(incubation of craving)」を示すことも報告され、これは砂糖やコカインと同様の神経メカニズムがLCSにも存在する可能性を示唆しています。
ヒト研究でも、LCSを常用している人は、砂糖に対する扁桃体の反応が低下することや、LCSに対して腹側被蓋野(VTA)での活性が増加することが報告されており、長期的なLCSの使用が脳の報酬系に変化をもたらす可能性があります。(Altered processing of sweet taste in the brain of diet soda drinkersより)
今回紹介した研究たちからは、甘味料がエネルギーバランスの維持や快感処理に関わる神経回路に明確な影響を与えていることが示されました。
これらをまとめて特に注目すべきは以下の点です。
・砂糖は満腹感を抑制し、報酬系を過剰に刺激する可能性がある
・LCSでも報酬行動や摂食行動が誘発されることがある
・恒常性系と報酬系は相互に影響し合い、摂食行動を複雑に制御している
今後は、これらの知見をもとに、甘味料の選択がどのように人間の摂食行動や肥満リスクに影響を及ぼすのかについて、さらに詳細なヒト研究が求められます。
まとめ
・砂糖や人工甘味料は脳の恒常性系と報酬系の両方に影響を与えることが明らかになってきた
・甘味料の種類によって食欲、満腹感、快感の強度に違いがあり、それが摂食行動に影響を与える可能性がある
・人工甘味料は低カロリーであるものの、長期的な脳への影響については今後さらなる検証が必要


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