最も一般的な鎮痛薬「アセトアミノフェン」がリスク行動を誘発する可能性

科学
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世界で最も広く使用されている鎮痛薬「アセトアミノフェン」(別名:パラセタモル)は、単なる痛み止めとしての効果のみならず、人間の行動や心理的判断に影響を与えている可能性があるという研究結果が報告されました。

  

2020年に発表されたこの研究では、アセトアミノフェンを服用した人々の行動パターンが変化し、リスクのある選択を取りやすくなる傾向が確認されたといいます。

 

研究を主導したのは、オハイオ州立大学の神経科学者であるBaldwin Way氏のチームです。

 

Way氏はこの研究について、「アセトアミノフェンはリスクを伴う行動を検討するときに生じる否定的な感情を軽減し、恐怖心をあまり感じなくなるように見える」と説明しています。

 

アセトアミノフェンは、アメリカ国内においても600種類以上の市販薬・処方薬に、日本では統計がないものの、商品の種類から推計するにおよそ100種類の医薬品に含まれる成分です。

 

馴染みの商品としては、カロナールやタイレノールがアセトアミノフェンを主成分とする解熱鎮痛薬として用いられています。

 

風邪やインフルエンザの際には、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)と並んで広く使用され、服用した経験がある人の多い市販薬でもあります。

 

そういった一般的な使用状況を考えると、本薬(アセトアミノフェン含有医薬品)のリスク認知への影響は既知の副作用とともに知っておくと良いことかもしれません。

 

今回のテーマはそんな身近な医薬品に対する興味深い研究についてです。

 

参考研究)

Comment on ‘effects of acetaminophen on risk taking’(2021/02/25)

 

 

アセトアミノフェンは感情処理と判断力にも影響する可能性  

経済特区氏より CC BY-SA 4.0

 

これまでの研究でも、アセトアミノフェンが痛みの感覚だけでなく、共感能力の低下や認知機能の鈍化といった心理的プロセスに影響を及ぼす可能性が指摘されてきました。

  

今回の研究は、これらの知見をさらに裏付けるものであり、リスク評価における感情的な反応が鈍くなることが確認されています。

  

Way氏の研究チームは、500人以上の大学生を対象に、アセトアミノフェンを摂取したグループと偽薬(プラセボ)を摂取したグループに分けて一連の実験を行いました。

 

被験者には、バーチャルな「風船膨らましゲーム」に取り組んでもらい、リスクを取る行動の傾向を測定しました。

 

このゲームでは、画面上の風船を1回膨らますごとに仮想的な報酬が与えられますが、風船が破裂するとその報酬は失われるという設定になっています。

 

つまり、被験者は風船が破裂するリスクと報酬のバランスを取りながら行動を選択する必要があります。

 

その結果、アセトアミノフェンを摂取した被験者は、プラセボを摂取した被験者よりも多く風船を膨らませ、破裂させる割合が高かったことが判明しました。

 

これは、薬の影響によって被験者がリスクをより低く見積もるようになった、あるいはリスクに対する不安や緊張が軽減されたためと考えられます。

 

Way氏は「通常であれば、風船が大きくなるにつれて不安感が強まり、どこかのタイミングで安全策を取るためにやめるのですが、アセトアミノフェンを服用した被験者は、その不安が小さくなっているため、よりリスクを取ってしまうのではないか」と指摘しています。

 

 

日常生活における判断への影響も示唆される

風船ゲームの他にも、被験者は仮想的なリスクシナリオに対するアンケートにも回答しました。

 

例えば「スポーツ賭博に1日分の収入を賭ける」「高所からバンジージャンプをする」「シートベルトを着けずに運転する」といった状況に対し、どの程度リスクを感じるかを評価する形式です。

 

このアンケートのうち、ある実験ではアセトアミノフェンを摂取したグループの方がリスクを低く評価する傾向が見られましたが、別の実験では大きな有意差が見られなかったため、必ずしも一貫した結果とは言えません。

 

この点について研究者らは、効果があったとしても軽微なものである可能性や、統計的に偶然である可能性も考慮すべきだとしています。

 

それでも、複数の実験結果を総合すると、アセトアミノフェンの摂取がリスクを選択する傾向に影響している可能性があるというのが研究チームの見解です。

 

ただし、こうした結果が現実の生活シーンにおいてどの程度当てはまるかについては、今後の研究が必要であると明言しています。

 

 

作用のメカニズムは不明、さらなる研究が必要

アセトアミノフェンの構造式

  

アセトアミノフェンがリスク行動に影響するメカニズムは、単純な感情の鈍化だけでは説明がつかない可能性もあります。

 

たとえば、不安感を抑えることで結果的にリスクを取るようになる、といった別の心理プロセスによって説明されるかもしれません。

 

研究チームはこの点について、「プラセボを服用した被験者は、風船が大きくなるにつれて不安が高まり、それに耐えられなくなった時点で止めてしまう。一方で、アセトアミノフェンを摂取した被験者はこの不安を感じにくくなり、その結果としてよりリスクを取るようになるのかもしれない」と述べています。

  

また、薬理的にどのようなメカニズムでこうした判断への影響が生じているのかについても、今後の研究で解明される必要があると指摘しています。

 

  

慎重な姿勢も必要──一部では批判も

この研究結果は、研究の解釈や因果関係の主張の強さに対する批判も出されています

 

そのため、今回の結果はあくまで仮説的なものであり、直接的な因果関係を示すものではないことに注意が必要です。

 

それでも、Way氏は「私たちは、アセトアミノフェンやその他の市販薬が、私たちの判断や行動選択にどう影響するかについて、もっと多くの研究が必要です」と訴えています。

 

現在もアセトアミノフェンは世界保健機関(WHO)によって必須医薬品のひとつとされており、重要な薬剤であることに変わりはありません。

  

しかし、その副作用としての「行動変容」の可能性は、今後の議論においてますます注目されるテーマとなるでしょう。

 

 

まとめ

・アセトアミノフェンは、痛みを軽減するだけでなく、リスク認知や不安感にも影響を与える可能性があるこ

・バーチャルな実験で、アセトアミノフェンを服用した被験者はよりリスクを取る傾向が見られた

・研究結果は仮説段階であり、今後の研究でそのメカニズムと現実への応用が検証される必要がある

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