科学経済

アメリカにおける砂糖摂取量削減と健康・経済的利益

科学

はじめに

今回紹介する研究は、砂糖摂取量の削減がアメリカ公衆衛生と経済に与える影響を、“非アルコール性脂肪性肝疾患(Non Alcoholic Fatty Liver  Disease”を中心に解析したものです。

 

本記事は、この分析が日本の医療費削減や病気の予防と健康の維持・増進、またはそれに対する考察の助けになることを希望して個人的にまとめた内容となります。

 

日本の高度経済成長が落ち着いた1974年度(昭和49年度)時点では、国民医療費はおよそ5兆でした。(総人口およそ1.1億人、死者数およそ816万2000人

 

厚生労働省「令和2(2020)年度 国民医療費の概況」図1 国民医療費,対国内総生産比率の年次推移

 

対して2020年度(令和2年度)の国民医療費は42.9兆となっています。(総人口約1.26億人、死者数およそ137 万 2600 人

 

過去と現代での医療費にはおよそ8倍の差があり、その理由として高齢化、生活習慣病(糖尿病・高血圧症)の増加、医学の進歩に伴う高度先端医療費の増大などが挙げられています。

 

特に生活習慣病は本来、人々の意識や政府の働きかけによって予防が可能な要因です。

 

この生活習慣病と医療費の関係は、日本だけでなくアメリカでも大きな問題となっています。

 

では、この医療費増大の背景にはどのような要因があるのでしょう。

 

今回はこの中でも“砂糖の摂取”にフォーカスしてアメリカの現状を見ていきます。

 

参考研究)

Health and economic benefits of reducing sugar intake in the USA, including effects via non-alcoholic fatty liver disease: a microsimulation model(2017/08)

 

 

砂糖摂取とNAFLDの関係 

 

砂糖の過剰摂取は、肥満や二型糖尿病、冠動脈疾患など、現代社会で深刻化する代謝性疾患の主要な原因として知られています。

 

近年、これらの疾患の根底に存在する非アルコール性脂肪性肝疾患(以下NAFLD)の役割が注目されており、NAFLDは単なる肝疾患ではなく、代謝症候群の重要な一部であると見なされています。

 

NAFLDは、肝臓に脂肪が異常に蓄積する疾患で、肥満の有無にかかわらず発症する可能性があり、この疾患は以下のように進行します。

  

1. 肝脂肪化(hepatic steatosis):肝細胞の5%以上が脂肪に占拠される状態比較的軽度で可逆的

2. 非アルコール性脂肪肝炎(NASH):脂肪蓄積に加え、炎症や肝細胞の損傷が進行

3. 肝硬変・肝細胞がん(HCC):NASHが悪化し、肝線維化やがん化に至る

  

NAFLDの発症には、特に果糖(フルクトース)の摂取が大きく関与しています。

 

グルコースとフルクトースについてはこちら。

 

果糖は肝臓で代謝され、その量が過剰な場合、脂肪酸合成(de novo lipogenesis, DNL)を引き起こします。

 

このプロセスで生成された肝内脂肪がインスリン抵抗性を招き、二型糖尿病や肥満のリスクを増大させます。

 

また、肝臓に溜まった脂肪は血中脂質異常や心血管疾患を引き起こす重要な因子でもあります。

 

 

研究の目的と方法 

ここまでを踏まえた上で研究の内容に入っていきます。

 

カリフォルニア大学の研究チームは、アメリカ国民の砂糖摂取量を20%または50%削減した場合に、健康と経済にどのような影響があるのかを解析するためのモデルを構築しました。

  

このモデルでは主に、生活習慣病に関係の強い以下の要因が分析されました。

・NAFLD(肝脂肪化、NASH、肝硬変、HCC)

・肥満

・二型糖尿病(T2D)

・冠動脈疾患(CHD)

  

データは2015年から2035年までの20年間を対象にし、疾病の発症率、有病率、死亡率の推移を予測しました。

  

また、障害調整生命年(DALYs)や医療費の削減効果も評価しています。

  

分析の結果、以下のように評価されました。

  

【健康面での効果】

20%の砂糖削減による疾病の発症率・有病率の低下

・NAFLD関連疾患(肝脂肪化、NASH、肝硬変、HCC)

・肥満

・二型糖尿病:発症率が10万人あたり年間19.9件減少(95%信頼区間12.8~27.0)

・冠動脈疾患:発症率が10万人あたり年間9.4件減少(95%信頼区間3.1~15.8)

 

また、砂糖の削減率を50%まで引き上げた場合、これらの効果がさらに顕著になりました。

 

砂糖を減らしたことによる各病気の罹患率の推移(青=20%減らした場合、赤=50%減らした場合)

 

 

【経済面での効果 】

・20%削減の場合、年間約76.7万件(95%信頼区間75.7万~77.7万)障害調整生存年(DALYs)を改善させることができ、2035年までに総額103億ドル(約1.2兆円)の医療費削減が見込まれました。

・50%削減の場合、効果は比例して大きくなり、さらに多くの医療費が節約されることが明らかになりました。

 

Health and economic benefits of reducing sugar intake in the USA, including effects via non-alcoholic fatty liver disease: a microsimulation model(表4より)

 

 

砂糖削減の政策的アプローチ 

  

砂糖摂取削減を目指す政策としては、特に砂糖入りの炭酸ジュースやスポーツドリンクなど清涼飲料水への課税が有効であるとされています。

 

清涼飲料水は砂糖摂取の主要な供給源であり、課税により消費量を抑えることができます。

 

以下は清涼飲料水への課税に関する研究結果の一部です:

・20%課税により、肥満率が1.5%~10%低下する

・糖尿病の発症率が1.8%~3.4%減少し、CHDの発症率が0.5%~1.0%低下する

 

さらに、砂糖摂取量全体を削減する方法としては、砂糖制限政策栄養プログラムの見直しが挙げられます。

 

たとえば、砂糖摂取を年間1%削減する政策は、20年後に肥満率を1.7%低下させる効果があると試算されています。

 

本研究で示されたように、砂糖削減は単なる健康改善策にとどまらず、医療費削減を通じて経済的にも大きな利益をもたらします。

 

特にNAFLDを含めた包括的なモデルを用いることで、従来の研究では見落とされていた潜在的な効果を明らかにすることができました。

 

この研究は、個人としての砂糖摂取の制限のみならず、国としての医療費の削減やその他の税制を見直す際の手助けになるものとして有効と考えられます。

 

  

まとめ 

・砂糖削減により、NAFLDをはじめ肥満、T2D、CHDなどの発症率・有病率が大幅に低下する

・20年間で約1.2兆円の医療費を削減可能であり、さらに削減率を高めれば効果は比例して増大する

・まずは清涼飲料水への課税や砂糖摂取制限政策が、健康的にも経済的にも実現可能性の高い対策と考えられる

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