北極圏の深海という、人類にとってほとんど未知の世界で、生命とエネルギー、そして地球環境の未来を考えるうえで重要な発見が報告されました。
グリーンランド沖の深海で、これまでに確認された中で最も深い場所に存在するガスハイドレートの冷湧水域(コールドシープ)が発見され、そこが驚くほど豊かな生態系に満ちていたのです。
この発見は、深海生態系の理解だけでなく、炭素循環や将来的な資源開発の議論にも大きな影響を与える可能性があります。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・World’s Deepest Gas Hydrate Discovered Teeming With Life Off Greenland(2025/12/29)
参考研究)
・Deep-sea gas hydrate mounds and chemosynthetic fauna discovered at 3640 m on the Molloy Ridge, Greenland Sea(2025/12/17)
研究の背景
今回の研究で報告されたのは、「Freya(フレイヤ)」と名付けられたガスハイドレートの噴出地です。

これらはグリーンランド西方、グリーンランド海の海底、水深およそ3,640メートルという超深海に位置しています。
この深さでガスハイドレートが露出し、しかも活発な生命活動を伴っている例は、これまでの記録を大きく更新するものだとされています。
この発見は、「Ocean Census Arctic Deep EXTREME24」と呼ばれる調査航海の中で行われました。
調査を主導したのは、ノルウェーのトロムソ大学の研究者たちで、複数の国際的な研究機関の協力を得たものです。
調査中、研究船の下の水柱でガスが噴き上がる「ガスフレア」が観測され、これが異常な地質活動の兆候として研究チームの注意を引きました。
これらのことから遠隔操作無人探査機(ROV)が投入され、海底の詳細な調査が行われたのです。
調査の結果
調査の結果、海底からはメタンと水が高圧・低温条件下で結晶化した「ガスハイドレート」が、マウンド状に露出している様子が確認されました。
研究チームはこの場所で、海底から滲み出すメタンガスや原油、さらに多様な生物を含む堆積物のサンプルを採取し、化学物質、特にメタンが海底から継続的に漏れ出していることが確認されました。
一般に、世界中のメタンの約5分の1は、海底堆積物中のガスハイドレートとして存在していると考えられています。
しかし、その多くは水深2,000メートルより浅い場所で確認されてきました。
そのため、Freyaマウンドのように3.5キロメートルを超える超深海でガスハイドレート冷湧水域が見つかったこと自体が極めて異例であり、深海の炭素貯蔵や放出プロセスを再評価する必要性を示しています。
海底における生物多様性の維持
続く生物調査の結果、Freyaマウンドでは非常に多様な動物相が確認されました。
具体的には、シボグリニダ科やマルダニダ科のチューブワーム、スケネイダエ科やリッソイダエ科の巻貝、メリティダ科のヨコエビ類、さらには二枚貝類などが含まれています。

これらの生物群集は、科レベルで見ると、同じく北極圏の深海に存在する熱水噴出孔の生態系とよく似た構成を示していました。
これは、北極の深海底に点在する「島状の生息地」が、生物多様性を維持するネットワークを形成している可能性を示唆しています。
さらに興味深いのは、堆積物中に含まれる化学成分の分析結果です。
これらの化合物は、中新世(約2,300万年前から約530万年前)に、現在のグリーンランドに存在していた温暖で森林に覆われた環境で育った被子植物に由来する可能性を示しています。
ただし、この起源については間接的な証拠に基づく推定であり、ガスや石油の正確な生成過程については、今後さらなる研究が必要である点も論文中で示唆されています。
こうした炭素に富む堆積物こそが、Freyaマウンドを住みやすい場所にしている理由です。
一方で、これらの特徴は、深海資源としての潜在的価値を持つことも意味しており、鉱業業界や一部の政府が北極深海に注目する理由にもなっています。
論文の著者らも、「ガスハイドレートの分布や濃度に関する理解は進んでいるものの、エネルギー資源としての評価や、地球規模の気候変動における役割を正確に見積もることは依然として大きな課題です」と指摘しています。
現在、深海採掘の主な対象は、多金属団塊と呼ばれるジャガイモ大の鉱物塊で、スマートフォンなどに使われるレアメタルを含んでいます。
しかし、こうした採掘活動が深海生態系にどのような影響を及ぼすのかについては、まだ十分に分かっていません。
すでに気候変動によって不安定化している地球環境において、深海という最後のフロンティアへの介入が、取り返しのつかない結果を招く可能性も否定できないのです。
この点について、調査に参加したイギリスのサウサンプトン大学の海洋生態学者Jon Copley氏は、「Freyaマウンドのような超深海ガスハイドレート冷湧水域は、この地域にまだ数多く存在している可能性がある。そして、そこに生息する生物は、北極深海の生物多様性にとって極めて重要な役割を果たしているかもしれない」と述べています。
さらに、「今回見つかった冷湧水域の生物と、北極の熱水噴出孔生態系とのつながりは、これらの“島状生息地”を、将来的な深海採掘の影響から保護する必要性を強く示している」と警鐘を鳴らしています。
今回の発見は、深海が単なる資源の貯蔵庫ではなく、長い地球史の中で形成されてきた複雑で繊細な生命システムであるとして注目を集めています。
まとめ
・グリーンランド沖の水深約3,640メートルで、史上最も深いガスハイドレート冷湧水域が発見され、豊かな生態系が確認された
・この生態系は化学合成微生物を基盤とし、北極の熱水噴出孔と類似した生物構成を持つことが示された
・深海資源開発の可能性と同時に、生物多様性保全の重要性を強く示す発見であり、影響評価には不確実性が残されている


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