レスリングやボクシング、柔道といったスポーツは、競技の場において減量を迫られることがしばしばあります。
減量と聞くと、多くの人は体脂肪が減ることだけを思い浮かべがちですが、実際には筋肉量も同時に失われることがほとんどです。
筋肉は単に身体を動かすための組織ではなく、血糖調節や代謝の維持、さらには健康的な老化にも深く関わる重要な役割を担っています。
筋肉量の減少は、可動性の低下やけがのリスク増加につながるだけでなく、長期的な体重管理を難しくする可能性も指摘されています。
そんな筋肉や脂肪を意図的に減らす行為において、「減量中に運動を続けることで筋肉の若さを保てる可能性がある」という興味深い研究結果が、新たに報告されました。
今回のテーマは、そんな減量と筋肉についてがテーマです。
参考記事)
・Working Out While Losing Weight Keeps Muscles ‘Young’, Study Finds(2025/12/27)
参考研究)
減量と筋肉喪失がもたらす問題

筋肉量の減少は、代謝の低下や健康寿命の短縮と密接に関係しています。
骨格筋は、血糖値を調節し、エネルギーを効率よく利用するために不可欠な組織です。
そのため、筋肉が減少するとインスリン感受性が低下し、生活習慣病のリスクが高まる可能性があります。
また、筋力や筋量の低下は転倒やけがのリスクを高め、日常生活の質を損なう要因にもなります。
近年では、オゼンピックなどの体重減少薬を使用する人が世界的に増えていますが、これらの薬剤による急激な体重減少が筋肉にどのような影響を及ぼすのかについては、まだ十分に解明されていません。
さらに、アスリートの世界でも、競技特性上、体重を抑えながら高いトレーニング負荷を維持する必要があるケースが多く、エネルギー不足が身体機能に及ぼす影響は重要な課題となっています。
しかし、カロリー制限と運動を同時に行った場合、筋肉が分子レベルでどのように反応するのかについては、驚くほど研究が少ないのが現状でした。
研究の概要
この疑問に取り組んだのが、Jose L Areta 氏を中心とする研究チームです。研究は、リバプール・ジョン・ムーアズ大学が主導して実施されました。
研究対象となったのは、健康で体力のある若年男性10名です。
【研究デザイン】
Endocrine, Metabolic, and Skeletal Muscle Proteomic Responses During Energy Deficit With Concomitant Aerobic Exercise in Humansより
参加者は、研究施設内で厳密に管理された2つの実験期間(各5日間)を過ごしました。
最初の期間では、体重を維持できる十分なカロリーを摂取しました。
次の期間では、1日の摂取カロリーを78%削減するという極端なエネルギー不足状態が設定されました。
両期間を通して、参加者は低~中強度のサイクリング運動を1回90分、5日間のうち3回実施しました。
運動量や強度は厳密にコントロールされ、外的要因の影響は可能な限り排除されました。
測定された指標と分析手法
研究期間中、研究チームは血液検査を通じて、血糖、ケトン体、遊離脂肪酸、エネルギー保存に関与するホルモンなどを測定しました。
これにより、エネルギー不足が全身にどの程度影響しているかを評価しました。
さらに、実験前後には筋生検を行い、ダイナミック・プロテオミクス解析という先進的な手法を用いて、数百種類に及ぶ筋肉タンパク質の産生速度や量を詳細に解析しました。
この方法により、短期間かつ急激なカロリー制限下で、筋肉がどのように適応するのかを分子レベルで捉えることが可能となりました。
エネルギー不足下で起きた身体の変化
5日間のエネルギー不足期間中、参加者は平均で約3kgの体重減少を示しました。
同時に、レプチン、T3、IGF-1 といったホルモン濃度は大きく低下し、身体がエネルギーを節約しようとする「省エネモード」に入っていることが明確に示されました。
しかし、研究者たちが注目したのは、筋肉内部で起きていた意外な変化でした。
筋肉組織は、運動とカロリー制限の組み合わせに対して、驚くほど前向きな反応を示しました。
具体的には、以下のような変化が確認されました。
・ミトコンドリアの活性
ミトコンドリア関連タンパク質の量が増加し、その産生速度も高まっていました。
ミトコンドリアは、脂質や炭水化物をエネルギーに変換する細胞内の「発電所」とも言える存在であり、その機能が高いことは、筋肉の健康と効率性を示す重要な指標です。
・コラーゲン関連タンパクの減少
コラーゲンおよびコラーゲン関連タンパク質の量と産生が明確に減少していました。
コラーゲンは筋肉に構造的な強度を与える重要なタンパク質ですが、加齢とともに過剰に蓄積すると、筋肉の硬化や機能低下につながることが知られています。
これらの変化は、筋肉がより「代謝的に若い状態」へとシフトしている状態であることが示唆されました。
進化的視点から見た筋肉の適応

一見すると、エネルギーが不足している状況で、身体が筋肉の質を維持、あるいは改善しようとするのは矛盾しているように思えます。
筋肉は維持コストが高く、運動そのものも多くのエネルギーを消費するからです。
しかし研究者たちは、この反応を人類の進化的背景から説明しています。
人類は狩猟採集民として進化し、食料が乏しい時期にも長距離を移動し、狩りや採集を行う必要がありました。
空腹時に筋肉機能を大きく低下させてしまう個体は、生存や繁殖に不利だったと考えられます。
そのため、エネルギーが不足しても筋肉を「動ける状態」に保つ仕組みが進化的に備わっている可能性があるのです。
研究の限界と今後の課題
ただし、この研究には明確な制約もあります。
対象者が若く健康な男性のみであり、しかも短期間かつ極端なエネルギー制限条件で行われた研究であるという点です。
そのため、女性、高齢者、肥満のある人、慢性疾患を抱える人に同じ結果が当てはまるかどうかは不明です。
研究者自身も、今後は以下のような研究が必要だと述べています。
• 運動を行わない減量との比較
• より現実的なカロリー制限条件での検証
• 女性や高齢者を含めた対象者での再現性確認
• 分子レベルの変化が実際の身体機能やパフォーマンスにどう反映されるかの検証
これらの点については、現時点では事実として断定できない部分があることを明記しておく必要があります。
それでもなお、この研究は重要な示唆を与えています。
減量中に運動を行うことは、筋肉量だけでなく「筋肉の質」を守る、あるいは高める可能性があるという点です。
体重減少薬を使用している人、意図的に減量を進めている人、筋肉量の低下が問題となりやすい高齢者、そしてエネルギー不足と向き合うアスリートにとって、この知見は大きな意味を持つでしょう。
まとめ
・減量中に有酸素運動を行うことで、筋肉は代謝的に「若い」状態を保つ可能性が示された
・極端なカロリー制限下でも、筋肉はミトコンドリア機能を高め、加齢関連変化を抑制する適応が示された
・対象者や条件が限定的であるため、他の集団への一般化には今後の研究が必要


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