私たちはしばしば、大気汚染は発展途上国や工業地帯など、空気環境の悪い地域の問題であると考えがちです。
しかし近年の研究は、比較的空気が清浄とされる地域においても、微量の大気汚染物質が健康に影響を及ぼす可能性を示しています。(The impact of PM2.5 on the human respiratory systemより)
特に注目されているのが、直径2.5マイクロメートル未満の微小粒子状物質であるPM2.5です。
本研究では、日常的に曝露されるレベルのPM2.5が肺に与える影響と、それに対して抗酸化物質であるビタミンCがどのような防御効果を示すのかが検討されました。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・A Common Vitamin Could Help Protect Your Lungs From Air Pollution(2025/12/23)
参考研究)
・Vitamin C attenuates low-level PM2.5 exposure-induced lung inflammation and mitochondrial loss(2025/11/13)
研究の背景:PM2.5に「安全な量」は存在しない

PM2.5は非常に小さく、呼吸によって肺の奥深くまで到達しやすい粒子です。
世界保健機関(WHO)は、PM2.5に安全な曝露レベルは存在しないとし、2019年には年間平均曝露基準を従来の10μg/m³から5μg/m³へと引き下げました。
この背景には、低濃度であってもPM2.5が酸化ストレスや炎症反応を引き起こすという科学的知見の蓄積があります。
PM2.5はその表面に金属や多環芳香族炭化水素(PAH)などの有害物質を付着させており、体内に取り込まれると活性酸素種(ROS)を大量に発生させます。
ROSは本来、細胞内でエネルギーを生み出す過程でも生成される分子ですが、過剰に産生されると酸化ストレスを引き起こし、細胞や組織に深刻なダメージを与えます。
研究を主導した機関と目的
本研究は、オーストラリアやヨーロッパ、北米などで一般的に観測される低レベルのPM2.5曝露が、肺の構造や機能にどのような影響を与えるのかを明らかにすることです。
また、ビタミンCの摂取がそれらの悪影響を軽減できるかどうかを検証することも含まれています。
研究では、動物実験と細胞実験の両方が行われました。

動物実験では、生後6週齢の雄マウスに対し、1日5μgという低用量のPM2.5を3週間にわたって鼻腔投与しました。
一部のマウスには、飲料水にビタミンC(1.5g/L)を添加して与えました。
一方、細胞実験では、ヒト肺上皮細胞であるBEAS-2B細胞を用い、PM2.5曝露による細胞障害や炎症反応、ミトコンドリア機能の変化を詳細に解析しました。
低濃度PM2.5でも肺では炎症が進行する
研究の結果、低レベルのPM2.5であっても、肺では明確な炎症反応が引き起こされることが示されました。
マウスの肺洗浄液(BALF)を解析したところ、PM2.5曝露群では白血球数が有意に増加しており、特にマクロファージ、リンパ球、好中球の増加が確認されました。
これは、免疫細胞が肺に集積し、慢性的な炎症状態が誘導されていることを意味します。
実際に、IL-1βやTGF-β、TNF-αといった炎症性サイトカインの遺伝子発現も上昇していました。
ミトコンドリア障害と酸化ストレスの連鎖
本研究の重要な特徴は、ミトコンドリア機能に注目している点です。
ミトコンドリアは細胞のエネルギー工場であると同時に、ROSの主要な産生源でもあります。
PM2.5曝露により、ミトコンドリア由来のROS(ミトROS)が増加し、ミトコンドリアの分裂を促進するDRP1の発現が上昇していました。
これは、損傷を受けたミトコンドリアが過剰に蓄積し、機能不全に陥っている可能性を示唆しています。
このようなミトコンドリア障害は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や肺線維症などの発症・進行に関与すると考えられています。
ビタミンCが示した明確な保護効果

本研究で最も注目すべき点は、ビタミンCがPM2.5による悪影響を多面的に抑制したことです。
ビタミンCを摂取したマウスでは、以下の傾向が観察されました。
・肺内のROS総量およびミトコンドリアROSが抑制
・炎症性サイトカインの発現が低下
・免疫細胞の過剰な浸潤が正常化
さらに、抗酸化酵素であるSOD2やGPX4の低下も部分的に改善され、酸化ストレスに対する内因性防御機構が保たれている可能性が示されました。
細胞実験においても、ビタミンCの事前投与はPM2.5による細胞生存率の低下を抑え、ATP産生の低下を軽減しました。
これは、ミトコンドリア機能の維持にビタミンCが寄与している可能性を示しています。
用量と臨床応用に関する注意点
本研究で用いられたビタミンCの用量は、ヒト換算で約1.1g/日とされ、一般的な高用量サプリメントの範囲内に収まっています。
ただし、この結果は動物および細胞モデルに基づくものであり、健康な一般人に同様の効果が得られるかどうかは現時点では断定できません。
著者らも指摘しているように、長期摂取の安全性、最適な摂取量、他の抗酸化物質との比較については、今後の研究が必要です。
本研究は、「空気がきれいな地域でもPM2.5の影響は無視できない」という重要なメッセージを示しています。
同時に、ビタミンCという身近な栄養素が、酸化ストレスと炎症を介した肺障害を緩和しうる可能性を示した点で、予防医学的にも注目される研究です。
ただし、これはあくまで基礎研究段階の知見であり、ビタミンC摂取だけで大気汚染の健康リスクを完全に防げると結論づけることはできません。
その点については、今後の研究と現状を踏まえた慎重な解釈が必要です。
まとめ
・低レベルのPM2.5曝露でも、肺では酸化ストレス・炎症・ミトコンドリア障害が生じることが示された
・ビタミンCは、これらの変化を動物および細胞モデルにおいて有意に抑制した
・ただし、ヒトへの直接的な効果や最適な摂取方法については、さらなる臨床研究が必要

コメント