睡眠不足はメンタルや免疫系に「負の連鎖」を引き起こす

科学
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一晩ぐっすり眠れなかった翌日、頭がぼんやりし、集中力が落ち、普段なら楽しめることにも喜びを感じにくくなった経験がある人は少なくないでしょう。

 

運動する気力が湧かず、人と会うのも億劫になり、気づけば一日中、だるさと気分の落ち込みに支配されてしまいます。

 

夜になると、その不調を引きずったまま布団に入り、翌日のことを考えて不安が強まり、再び眠れないこうした状態が続くと、睡眠不足と抑うつ気分が互いを悪化させ合う「悪循環」に陥ってしまうとされています。

   

今回のテーマは、そんな睡眠不足と悪循環に関する研究。

 

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

Poor Sleep Can Trigger a Vicious Cycle Your Brain Can’t Break, Experts Warn(2025/12/15) 

 

参考研究)

Sleep During Pregnancy and Offspring Outcomes From Infancy to Childhood: A Systematic Review(2025/01)

  

  

睡眠とメンタルヘルスは切り離せない関係にある

  

睡眠の問題とメンタルヘルスの不調は、極めて密接に結びついています。

  

うつ病では睡眠障害が中核的な症状の一つとして知られており、さらに、睡眠の乱れが統合失調症や心的外傷後ストレス障害(PTSD)を含む多くの精神疾患の発症や悪化に関与しているという強い科学的証拠もあります。

 

一方で、精神的な不調そのものが睡眠を妨げる要因にもなります。

 

不安や否定的な思考が頭から離れず、心身がリラックスできない状態では、寝つきが悪くなったり、夜中に何度も目が覚めたりしやすくなります。

 

その結果、睡眠の質はさらに低下し、メンタルヘルスの問題が一層深刻化していきます。

 

この相互作用は、特に妊娠期において顕著になります。

 

妊娠中の睡眠不足とメンタルヘルスの問題は、母親だけでなく、胎児や出生後の子どもにも悪影響を及ぼす可能性があるためです。

 

本記事の執筆者であるJenalee Doom氏(デンバー大学・心理学准教授)と、Melissa Nevarez-Brewster氏(デンバー大学・発達心理学博士課程)は、妊娠期から成人期にかけての睡眠とメンタルヘルスを研究する専門家として、こうした問題が現実の生活にどれほど深刻な影響を及ぼしているかを日々目の当たりにしています。

 

 

睡眠とメンタルヘルスを支える生物学的メカニズム

睡眠は、身体と脳が正常に機能するために不可欠な生理現象です。

 

特に重要なのが「概日リズム(サーカディアンリズム)」と呼ばれる体内時計で、これは日中の覚醒と夜間の休息を最適化する役割を果たしています。

 

夕方になり日光が弱まると、脳は睡眠を促すホルモンであるメラトニンの分泌を増やし、深部体温を下げて入眠しやすい状態を作ります。

 

反対に、朝に光を感知するとメラトニンの分泌は抑えられ、体温が上昇して覚醒が促されます。

 

このリズムは光と暗闇が最も強い調整因子ですが、ストレス、生活リズムの乱れ、社会的な交流の変化なども概日リズムを狂わせる要因となります。

 

さらに、概日リズムはストレスホルモンであるコルチゾールの分泌にも影響を与えます。

 

コルチゾールは通常、朝起床後に最も高くなり、夜間に最も低くなりますが、睡眠が乱れるとこの日内変動が崩れ、ストレス対処能力やメンタルヘルスに悪影響を及ぼします。

  

 

免疫系と炎症にも及ぶ睡眠不足の影響

  

睡眠は免疫機能の維持にも中心的な役割を果たしています。

 

睡眠が不足すると、ウイルスなどの外敵に対する免疫反応が弱まり、病気にかかりやすくなるだけでなく、回復にも時間がかかるようになります。

 

さらに、睡眠障害は体内の炎症反応を過剰に引き起こします。慢性的な炎症は、うつ病、心疾患、がんといった多くの精神的・身体的疾患の基盤となることが知られています。

 

この点からも、睡眠不足がメンタルヘルスに及ぼす影響は間接的でありながら、極めて深刻だといえます。

  

 

睡眠不足が行動を変え、悪循環を強化する

慢性的な睡眠不足は、感情のコントロール能力を著しく低下させます。

 

十分な睡眠が取れていない状態では、問題解決力や記憶力、注意力が低下し、日常の些細なストレスにも過剰に反応しやすくなります。

 

特に夜勤や交代制勤務など、自然な睡眠リズムが長期にわたって乱される人では、うつ病や不安障害のリスクが高まることが分かっています。

 

ただし、極端な勤務形態でなくても、慢性的な寝不足や「寝ても疲れが取れない」状態が続くこと自体が、メンタルヘルスに悪影響を及ぼします。

  

問題をさらに深刻にするのは、睡眠不足によって健康的な行動を取るエネルギーが失われることです。

 

運動や人との交流といった、メンタルヘルスを守る行動が減り、代わりにアルコールや薬物、不健康な食事に頼りやすくなります。

 

これらの行動は、結果的に睡眠の質をさらに悪化させ、悪循環を強化してしまいます。

  

  

妊娠期における睡眠とメンタルヘルスの深刻な相互作用

この悪循環は、妊娠期において特に深刻な問題となります。

 

妊娠中は、つわり、胸やけ、腰や関節の痛み、頻尿、足のけいれん、さらには陣痛様の収縮など、睡眠を妨げる身体的症状が数多く現れます。

 

実際、妊婦の約76%が妊娠中のどこかの時点で睡眠問題を経験すると報告されており、一般人口(約33%)と比べて著しく高い割合です。

 

また、米国では妊婦の約5人に1人が不安や抑うつなどのメンタルヘルスの問題を抱えています。

 

デンバー大学の研究チームが2025年12月に発表した新たな研究では、妊娠中のメンタルヘルスの問題が時間の経過とともに睡眠障害を引き起こし、逆に睡眠障害がメンタルヘルスの悪化を助長するという双方向の関係が明確に示されました。

  

  

胎児と子どもへの影響について

  

妊娠期の睡眠問題は、胎児や出生後の子どもにも影響を及ぼす可能性があります。

 

短時間睡眠、睡眠時無呼吸、落ち着かない睡眠などは、早産や低出生体重のリスクを高めることが知られています。

 

2021年にスウェーデンで行われた大規模研究では、妊娠初期に夜勤や昼夜の急激なシフト変更を頻繁に行っていた妊婦は、早産のリスクが3〜4倍に増加することが報告されました。

  

早産や低出生体重は、母親と子どもの双方において、将来的な心血管疾患リスクの上昇と関連しています。 

 

さらに、研究チームが2025年に発表したレビューでは、妊娠中に睡眠問題を抱えていた母親の子どもは、成長後に睡眠障害を示しやすく、肥満や行動上の問題を抱えるリスクも高いことが示されています。

 

ただし、これらは主に関連性を示す研究であり、因果関係の詳細については今後のさらなる研究が必要である点は留意すべきです。

  

  

医師への相談と早期介入の重要性

著者らは、妊娠中の診察において睡眠問題を標準的にスクリーニングすべきだと強調しています。

 

睡眠不足が母親と赤ちゃん双方に及ぼす影響を考えれば、これは極めて合理的な提案だといえるでしょう。

 

身近に妊娠中の人がいる場合には、睡眠の状態や気分について気軽に声をかけ、問題が続いているようであれば医師に相談しているかどうかを確認することが勧められます。

 

当事者が不安や負担を感じている場合、受診を後押ししたり、情報を探す手助けをしたりする支援が重要です。

  

もし自分自身が睡眠やメンタルヘルスの問題を抱えている場合には、医師に率直に伝え、改善のための指導や専門的支援を求めることが大切です。

 

健康的な睡眠は、妊娠期に限らず、人生のあらゆる段階でメンタルヘルスを守るための基盤であるといえます。

  

  

まとめ

・睡眠不足とメンタルヘルスの問題は相互に影響し合い、悪循環を形成しやすい

・妊娠期ではこの悪循環が母親だけでなく、胎児や子どもの健康にも及ぶ可能性がある

・睡眠問題を早期に把握し、医療的・社会的支援につなげることが極めて重要

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