私たちが年齢を重ねるにつれて避けられない「脳の老化」を、長期的なカロリー制限によって緩やかにできる可能性があると示す研究結果が発表されました。
研究を主導したのは、ボストン大学の研究チームです。
本研究は、20年以上にわたり食事内容を管理されたアカゲザルを対象に行われ、人間にも応用可能な示唆を含んでいる点で注目されています。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Cutting Calories by 30% May Be Enough to Shield Brain Against Aging(2025/12/09)
参考研究)
20年以上に及ぶ食事制御が脳の細胞レベルの変化を生む

研究チームは、アカゲザル24頭を対象に、標準食を与え続けたグループとカロリーを30%制限した食事を続けたグループとの違いを解析しました。
対象動物が20年間近くほぼ同じ環境下で生活するという、稀に見る長期縦断研究であり、この規模の調査は脳科学・加齢研究の分野では非常に貴重です。
研究を率いたのは、ボストン大学の神経生物学者 Ana Vitantonio氏らのチームで、研究では、長期の食事差が脳組織にどのような影響を及ぼすかを詳細に調べ、その結果、カロリーを30%削ったサルでは、加齢に伴って悪化するはずの神経細胞の保護機能が維持されていることを確認しました。
Vitantonio氏は次のように述べています。
「カロリー制限が生物学的老化を遅らせ、代謝変化を軽減する効果があることは短命種の実験で広く知られている。しかし本研究は、より複雑な動物種においても、脳の老化を抑制しうるという稀有な長期証拠を示している」
研究が注目した“ミエリン”──脳の健康に欠かせない重要構造
今回の研究で特に焦点が当てられたのは、ミエリン(myelin)と呼ばれる物質です。
ミエリンは神経線維を覆う脂質の絶縁層で、神経信号を高速かつ正確に伝えるための“コーティング”とも言えます。
しかし、加齢が進むとミエリンは徐々に劣化し、以下の問題が発生します。
• 神経伝達速度の低下
• ミエリン破壊に伴う炎症の増加
• 脳細胞の過剰興奮
• 認知機能の低下
アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経退行性疾患の発症リスクが高まる背景には、このミエリンの慢性的な損傷が関わっているとの指摘も増えています。
カロリー制限群ではミエリン関連の遺伝子が活発に
研究チームの分析によると、カロリー制限食を続けたサルの脳では以下の改善が確認されました。
Calorie Restriction Attenuates Transcriptional Aging Signatures in White Matter Oligodendrocytes and Immune Cells of the Monkey Brainより 1. ミエリン生成に関わる遺伝子の活性が高い
2. ミエリンを生成・修復する細胞(オリゴデンドロサイト)が効率よく働いている
3. ミエリン維持に関わる代謝経路が正常に機能している
これらの結果は、ミエリンの劣化が抑えられ、神経細胞の保護機能が保たれていることを示唆します。
ボストン大学の神経生物学者 Tara Moore氏は、「これらの細胞レベルでの改善は、認知や学習能力に影響する可能性があり、脳の加齢メカニズムを考える上で極めて重要」と述べています。
ミエリン劣化はなぜ脳の老化を加速させるのか

私たちが年齢を重ねると、脳内で本来は健康維持のために働いていた仕組みがうまく機能しなくなることがあります。
特にミエリンの損傷が進むと、脳では次のような連鎖が起こります。
• 神経細胞同士の通信が乱れ、処理速度が低下する
• 炎症反応が慢性化し、脳内のストレスが増える
• 本来の修復機構が過剰に働き、逆にダメージを加える
• アルツハイマー病のような神経変性のリスクが上昇する
過去の研究でも、急速に認知機能が低下した人の脳ではミエリンの破壊が映像データで確認されており、ミエリン劣化と認知症は密接に関係する可能性があります。
今回の研究は、そこに食事という介入手段が加わりうる点で特に意義深いと言えます。
人間にも応用できるのか?
今回の研究は24頭のアカゲザルという比較的少ない数で実施されたため、以下の点については確定的とは言えません。
• カロリー制限が人間に同じ効果を発揮するか
• 長期的にカロリー制限を続けても健康を損なわないか
• 30%という制限量が人間にとって適切かどうか
ただし、アカゲザルは解剖学的・生理学的に人間との共通点が多いため、結果が人間へ外挿可能であるとの期待は十分にあるとされています。
また、他の研究では、睡眠の質や語学学習など、食事以外にも脳の老化を左右する要因が数多く存在することが明らかになっています。
したがって、単にカロリーを減らすだけで全ての脳老化を防げるわけではなく、総合的な生活習慣の影響も無視できない点は注意が必要です。
研究の意義──「老化の防止」を行動で実践できる可能性
今回の発表は、老化研究の領域において特に重要な意味を持ちます。
1. 人間に近い霊長類での20年以上の長期研究は極めて珍しい
2. 脳の老化防止と食習慣を結びつける実証データが得られた
3. ミエリン保護という具体的な細胞メカニズムが明らかになった
これらの点から、将来的には次のような応用が考えられます。
• 認知症予防のための食事療法開発
• 生活習慣改善プログラムへの科学的根拠の提供
• 高齢化社会における医療費削減への寄与
ただし、今回の研究だけで「カロリーを30%制限すべき」と結論付けることはできず、人間での大規模長期研究が今後求められるという前提は明記する必要があります。
まとめ
・20年以上の食事制御を受けたサルでは、カロリーを30%減らすことでミエリン関連機能が維持され、脳老化の兆候が抑えられていた
・ミエリンの保護は認知機能維持に関わり、アルツハイマー病などの神経変性疾患リスク低減と関連する可能性がある
・人間への応用にはさらなる研究が必要であり、食事・睡眠・学習など複数の要因が脳老化に影響することを踏まえた総合的な検討が求められる


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