チェルノブイリ原発で発見された菌に見られる“驚異的な適応能力”とは

科学
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チェルノブイリ原子力発電所での事故からおよそ40年が経過した現在。

 

人間が立ち入ることすら許されない危険な“立ち入り禁止区域”である一方で、多くの生物が定着し、独自の進化を遂げていることが知られています。

 

特に、強烈な電離放射線が残る建屋内部において、ある黒色の菌類がむしろ“生育に適した環境”として利用しているかのように見える点は、科学者たちの大きな関心を集めています。

 

その菌類は Cladosporium sphaerospermum と呼ばれるもので、体に多量のメラニン色素を含んでいることが特徴です。

 

 

一部の研究者は、このメラニンが電離放射線を光のように“利用”してエネルギーへ変換している可能性があると指摘し、この仮説は「ラジオ合成(radiosynthesis)」と呼ばれています。

 

ただし、この現象はまだ 仮説段階であり、実証はされていない と明言する必要があります。

   

以下に研究の内容をまとめます。

  

参考記事)

Chernobyl Fungus Appears to Have Evolved an Incredible Ability(2025/11/30)

 

参考研究)

Cultivation of the Dematiaceous Fungus Cladosporium sphaerospermum Aboard the International Space Station and Effects of Ionizing Radiation(2022/07/05)

 

 

チェルノブイリでの最初の発見:黒色菌が多数生息

この謎めいた菌類が最初に注目されたのは1990年代後半のことです。

  

ウクライナ国立科学アカデミーの微生物学者 Nelli Zhdanova が率いるチームは、事故炉の周囲を覆うシェルター内にどのような生命が存在するのかを調査するため、現地調査を実施しました。

  

調査の結果、研究者たちは驚くべきことに 37種類もの菌類 が生息していることを確認し、その多くが黒色〜濃い茶色の色調を帯び、メラニンを豊富に含んでいることを突き止めました。

 

中でも Cladosporium sphaerospermum はサンプル中で最も優勢であり、かつ非常に高いレベルの放射能を帯びていたと報告されています。

 

この段階で研究者は、黒色菌が放射線環境に“抵抗”していることは理解できても、なぜ繁栄しているのか までは説明できていませんでした。

 

 

メラニンと放射線の関係:成長が促進されるという奇妙な現象

この謎がさらに深まったのは、その後の追試験によってです。

 

アルベルト・アインシュタイン医学校のEkaterina Dadachova氏と rturo Casadevall氏が主導した研究では、C. sphaerospermumを電離放射線にさらしたところ、一般的な生物とは逆に 障害を受けるどころか成長速度が上昇した という結果が得られました。

  

電離放射線とは、原子から電子を弾き飛ばすほど強力な粒子線・電磁線のことで、通常は分子を破壊し、DNAを切断し、細胞に甚大な被害を与えます。

 

その特性から、がん細胞の破壊にも利用されるほどです。

 

しかし、C. sphaerospermum はこの環境でむしろ生育が促されており、研究者たちは 「メラニンの性質が放射線によって変化している」 という興味深い現象に注目しました。

  

2008年に Dadachova と Casadevall が発表した論文では、この現象を説明する仮説として ラジオ合成(radiosynthesis) が提案されました。

 

これは、メラニンが光合成におけるクロロフィルのように働き、電離放射線からエネルギーを獲得しているのではないか、という考え方です。

 

ただし、これはあくまで 仮説であり、メカニズムの実証には至っていません

 

 

宇宙空間での実験:放射線シールドとしての可能性

 

この黒色菌に対する興味は地球を超え、宇宙空間での実験にも広がっています。

 

2022年の研究では、国際宇宙ステーション(ISS)の外側に C. sphaerospermum を配置し、強烈な宇宙放射線にさらすという大胆な実験が行われました。 

  

センサーの測定によると、菌の下側に置かれたセンサーでは 寒天のみの対照よりも放射線の貫通量が少ないという結果が得られ、C. sphaerospermum がある程度の 放射線遮蔽効果 を持つ可能性が示されました。

  

ただし、この研究の目的はラジオ合成の実証ではなく、宇宙ミッション用の“生物由来シールド材”としての可能性を探るもので、菌がどのような代謝経路で放射線に耐えているかは依然として不明のままです。

 

 

いまだに不明なメカニズム:ラジオ合成

スタンフォード大学のエンジニア Nils Averesch氏が率いる研究チームは、最新の論文の中で以下の重要な点を強調しています。

  

• 電離放射線依存の炭素固定は確認されていない

• 電離放射線による代謝増加も証明されていない

• 光合成のような明確なエネルギー獲得経路も特定されていない 

 

つまり、ラジオ合成は「非常に魅力的な仮説ではあるが、現時点では実証されていない」という立場が科学界のコンセンサスに近い状況です。

 

 

他の黒色菌との比較:普遍的な現象ではない可能性

興味深いことに、メラニンを多く含む菌類がすべて同じ特性を示すわけではありません。

• 黒色酵母 Wangiella dermatitidis:電離放射線下で成長促進

• Cladosporium cladosporioides:放射線下でメラニン産生が増加するが、成長は促進されない

 

このため、C. sphaerospermumの特異な特性は 普遍的なメラニン菌の特徴ではない 可能性が示唆されています。

 

これは、放射線を“利用”しているのか、あるいはストレス環境における“生存戦略”にすぎないのか、という本質的な問いをいっそう難しくしています。

 

研究者たちも現時点では どちらであるか判断できない としています。

  

 

「生命は道を見つける」——極限環境で示す驚異の適応

確実に言えるのは、C. sphaerospermumが 人間が安全に踏み入ることすら難しい極端な環境下で、放射線を何らかの形で利用しながら生存し、増殖している という事実です。

  

その生存戦略がどれほど進化的な意味を持つのか、また放射線の“利用”が実際に行われているのかは、今後の研究に委ねられています。

 

しかし、この現象が生命の多様性と適応力の驚異を示す好例であることは間違いありません。

 

 

まとめ

・C. sphaerospermum はチェルノブイリ内部で強い放射線環境下でも繁栄し、成長が促進されるという特異な性質を示した

・メラニンが電離放射線を利用してエネルギーを得る「ラジオ合成」は提案されているが、依然として仮説であり実証されていない

・宇宙空間実験などから、放射線遮蔽材としての応用可能性が示唆される一方、その代謝メカニズムは依然として不明

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