1日5,000歩のウォーキングが認知機能低下予防に

科学
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穏やかな日課としての散歩が、アルツハイマー病に伴う脳内のタンパク質蓄積と認知機能の低下を遅らせる可能性があることが、新たな研究によって明らかになりました。

     

米国のマス・ジェネラル・ブリガムが主導した研究チームは、高齢者を対象にした生活習慣、医療データ、そして脳画像の解析を行い、わずかな身体活動量でも病気の進行を食い止める効果があることを発見したのです。

 

この結果は、座りがちな生活習慣がアルツハイマー病の進行に大きく関与している可能性を示唆しています。

  

裏を返せば、身体活動の改善によって予防介入が比較的容易に行えるという希望も示されたのです。 

 

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

Alzheimer’s Disease Could Be Slowed by Taking as Few as 5,000 Steps a Day(2025/11/04)

 

参考研究)

Physical activity as a modifiable risk factor in preclinical Alzheimer’s disease(2025/11/03)

  

  

アルツハイマー病の背景と研究の目的

  

アルツハイマー病は進行性の神経変性疾患であり、主に短期記憶の喪失と認知機能の低下を特徴としています。

 

85歳以上の高齢者の約3人に1人が発症していると推定されており、世界的にも増加傾向にあります。

 

現在のところ根本的な治療法は確立されていませんが、病態の進行メカニズムを理解することで新たな治療戦略の開発が進められています。

  

今回紹介する、神経学者のWai-Ying Wendy Yau氏らによる研究は、身体活動がアルツハイマー病の進行にどのような影響を与えるのかを明らかにすることを目的としました。

 

 

ハーバード加齢脳研究(HABS)による長期追跡

この調査は、ハーバード加齢脳研究(Harvard Aging Brain Study, HABS)の一環として実施されました。

  

研究対象となったのは50歳から90歳までの296名の参加者で、いずれも研究開始時点では認知機能に問題がない健常な高齢者でした。

  

研究チームは最大14年間にわたって参加者を追跡し、以下の点を継続的に測定しました。

Fig. 1: Associations of baseline physical activity with longitudinal Aβ, tau and cognition.より

• アルツハイマー病の主要な生物学的指標であるアミロイドβおよびタンパク質の脳内蓄積

• 定期的な認知機能テストによる記憶力や思考力の変化

• 歩数計を用いた日常的な身体活動量の計測

  

このように多面的なデータを組み合わせることで、身体活動と脳内変化の関連性を詳細に解析した点が本研究の特徴です。

 

 

タウタンパク質と認知機能低下に「歩数」が影響

結果として、身体活動量とアミロイドβの蓄積には明確な関連は見られませんでした

 

しかし、タウタンパク質の蓄積および認知機能の低下速度には有意な関係が存在したのです。

 

特に、1日5,000〜7,500歩程度の中程度の運動量を維持していた参加者では、タウの蓄積速度と認知機能の低下が顕著に遅くなることが示されました。

興味深いことに、この効果は7,500歩を超えてもさらに強まることはありませんでした。

 

すなわち、一定の歩数に達した時点で効果が「頭打ち」になる、いわゆるプラトー効果が確認されたのです。

 

一方で、3,000〜5,000歩程度の軽い運動でも、より緩やかではあるものの、同様の抑制効果が見られたと報告されています。

 

つまり、毎日少し歩くだけでも、アルツハイマー関連の生物学的変化を遅らせる可能性があるのです。

 

 

身体活動と脳変化の関係:単なる相関か、それとも因果関係か

 

研究チームは、中程度の運動を行っている人々が、より健康的な食事や社交活動など、他の好ましい生活習慣を併せ持っている可能性も指摘しています。

 

そのため、「歩数そのもの」が直接的な原因であるかどうかは、まだ完全には断定できません。

 

それでもなお、今回の結果は身体活動がアルツハイマー病予防の有望な介入手段になり得ることを強く示唆しています。

 

特に、ウェアラブル型の活動量計を活用することで、個人の行動を可視化・改善できる点が注目されています。

 

 

研究チームの見解と今後の展望

研究者たちは論文の中で次のように述べています。

 

総合的に見て、私たちの研究結果は、今後のランダム化臨床試験において身体的不活動”を標的とする介入戦略を検討する価値を支持するものである。(略)さらに、本研究は高齢の座りがちな個人に対して、理解しやすく達成しやすい運動目標を提供できることを示唆している。

 

研究チームは今後、より大規模な臨床試験を通じて、身体活動とタウ蓄積との因果関係を明確化することを目指しています。

 

もしこの関連が確認されれば、「毎日5,000歩前後の運動」がアルツハイマー病予防の指標として提案される可能性があります。

 

  

高齢者へのメッセージ:「できる範囲で動く」ことの意義

 

本研究は、過度な運動を強調するものではありません。1日わずか数千歩の軽い散歩でも、脳の健康を守る可能性があるという点が重要です。

 

高齢者や身体に不調を抱える人々でも取り組みやすい運動量であり、「小さな積み重ねが脳を守る」という希望を与える結果といえます。

 

また、運動の習慣化は認知機能だけでなく、心血管の健康、代謝機能、睡眠の質など、幅広い健康効果をもたらします。

 

そのため、アルツハイマー病予防という側面だけでなく、総合的な健康維持策としても有効です。

 

 

今後の課題と注意点

とはいえ、本研究の結果にはいくつかの留意点もあります。

 

まず、運動と脳変化の因果関係が完全に証明されたわけではないこと。

 

さらに、研究参加者は比較的健康的な生活習慣を持つボランティアが中心であり、一般高齢者全体にそのまま適用できるかは不明です。

 

また、歩数だけでなく、運動の質(ウォーキングの速度や心拍数など)がどの程度影響しているかについても、今後の研究で詳細に検討する必要があります。

 

それでも、今回の成果は「運動不足の改善が脳を守る可能性」を裏付ける重要な第一歩であるといえるでしょう。

 

 

まとめ

・中程度の運動(1日5,000〜7,500歩程度の散歩)で、アルツハイマー病の進行に関連するタウタンパク質の蓄積と認知機能低下が遅くなる可能性が示された

・効果は7,500歩を超えても増大しないことから、過度な運動よりも継続が重要と考えられる

・身体的不活動を減らすことが、アルツハイマー病予防の新たな介入目標となり得る

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