VRで病気の人を「見るだけ」で免疫系が反応:脳と体の不思議な防衛本能

科学
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人は病気の人に触れることなく「見るだけ」でも免疫反応を起こす可能性があることが、最新の研究によって明らかになりました。

 

スイスのローザンヌ大学がバーチャルリアリティ(VR)技術を用いたこの実験では、病的な兆候を示すアバターを見たとき、脳の一部が即座に反応し、免疫システムが警戒態勢に入ることが示されました。

  

同大学の免疫学者Sara Trabanelli氏を中心とする国際研究チームによって実施された研究は、脳が身体に及ぼす防衛本能を解明する上での重要な手掛かりとして注目おw集めています。

 

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

The Mere Sight of a Sick Person Can Trigger Our Immune System(2025/08/03)

 

参考研究)

Neural anticipation of virtual infection triggers an immune response(2025/07/28)

 

 

「病的な兆候」が脳と免疫に与える影響とは?

 

研究チームは、VRヘッドセットを装着した参加者に対し、異なる距離で表示されるアバターを見せるという一連の実験を行いました。

 

アバターは、健康的で中立的な外見を持つもの、病的な兆候(発熱性発疹など)を示すもの、そして恐怖の表情を浮かべたものの3種類が用意されました。

 

病的なアバターを見たとき、参加者の脳の活動パターンは明確に変化し、同時に血液中の免疫マーカーも上昇することが確認されました。

 

一方で、健康的または恐怖の表情をしたアバターを見た場合には、同様の変化は認められませんでした。

  

特に、血液中に増加が見られたのは「自然リンパ球(ILCs:innate lymphoid cells)」と呼ばれる免疫細胞で、通常は病原体が体内に侵入した際に急増するものです。

 

ところがこの実験では、実際の感染がないにもかかわらず、「病気の可能性」が視覚的に認識されたことでILCsが反応を示したのです。

 

 

距離によって変わる脳の反応:遠くにいる方が危険? 

Neural anticipation of virtual infection triggers an immune responseより

 

アバターは、近距離(D1)から遠距離(D5)まで5段階の距離で表示されました。

 

驚くべきことに、最も遠くにいる病的なアバターを見たときに、脳の反応が最も強くなったのです。

 

これは、「潜在的に近づいてくる脅威」に対する早期警戒システムが働いている可能性を示唆しています。

  

機械学習による統計解析の結果、脳の脅威検知ネットワークが免疫反応の大部分を説明できることが明らかになりました。

 

このネットワークには、視床下部(hypothalamus)などの部位が含まれており、ここから免疫システムへと信号が送られます。

 

さらに興味深いことに、このような脳の活動パターンは、インフルエンザワクチン接種後にも観察される領域と一致しているといいます。

 

  

触覚反応の変化:身体も準備状態に 

実験の一部では、参加者に顔に軽い触覚刺激を与え、それに反応してボタンを押してもらう課題がありました。

 

このとき、VR上に病的なアバターが映っていた場合、参加者は通常よりも素早くボタンを押す傾向が見られました。

  

これは、視覚情報から得た「病気の兆候」が脳と身体を瞬時に警戒モードに切り替えることを意味しています。

 

研究者たちは、この反応が進化的に獲得された「闘争か逃走か(fight-or-flight)」の防御機構の一部である可能性を指摘しています。

 

ただし研究チームは、「病気の見た目」と「嫌悪感」の関係や、どの程度の見た目の変化で反応が生じるかなど、解明すべき点はまだ多いと述べています。

 

  

結論:身体接触がなくても「感染の脅威」は免疫に影響する 

この研究結果は、人間の免疫反応が必ずしも直接的な接触に限られないことを明確に示しています。

 

視覚を通じて「感染の可能性」があると認識されるだけで、脳と免疫システムが一体となって防衛体制に入るという新たな知見が得られたのです。

  

研究者たちは最終的に次のように結論づけています。

 

これらの結果は、人間において感染の脅威に対して物理的接触がなくとも、統合的な神経・免疫反応が起こることを示唆しています。

 

このように、私たちの脳は日常の中で無意識に多くの危険信号を検知し、それを身体全体へ伝達することで、病気から身を守る準備を整えているのです。

 

 

まとめ

・病気の人を「視覚的に見るだけ」で、脳と免疫系が即座に反応することが明らかになった

・最も強い反応は、遠くにいる病的なアバターに対して起こるという意外な結果も示された

・この反応は視床下部などを介して免疫系と連携し、「病気に戦う準備」を整えると考えられている

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