地中海式の食事が、心臓病や脳卒中、認知症のリスク低下に効果があることは広く知られていますが、新たな研究によって、この食事法が過敏性腸症候群(IBS)の症状緩和にもつながる可能性が示されました。
これは、アメリカのミシガン大学の研究チームによって行われた小規模な臨床試験に基づくもので、従来IBSに効果があるとされる「低FODMAP食」に代わる、より実践しやすい選択肢となる可能性があると報告されています。
今回はそんな地中海ダイエットと腸の疾患についてがテーマです
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・New Research Finds Yet Another Health Benefit of the Mediterranean Diet(2025/06/14)
参考研究)
IBSの治療として注目される食事療法

過敏性腸症候群(以下IBS)は、米国成人の最大15%が罹患しているとされる非常に一般的な消化器疾患でありながら、そのうち診断を受けている人は半数程度にとどまるとされています。
腹痛、膨満感、下痢、便秘といった多様な症状を呈し、患者の日常生活に大きな支障をきたす病気です。
この疾患の原因のひとつとして、腸内細菌叢(マイクロバイオーム)の乱れが挙げられます。
健康な腸内環境では、多様な微生物が腸の機能を正常に保ちますが、IBSの患者ではこれらがアンバランスになり、ガスの発生や腸の過剰な動きといった症状につながることが知られています。
そのため、食事内容を調整することが症状緩和に効果的であると考えられており、これまでは「低FODMAP食」がその代表的な選択肢として推奨されてきました。
低FODMAP食とは

まず、FODMAPは、以下の5つの成分の頭文字をとったものです。
• Fermentable(発酵性)
• Oligosaccharides(オリゴ糖:例・フルクタン、ガラクタン)
• Disaccharides(二糖類:例・乳糖)
• Monosaccharides(単糖類:例・果糖)
• And
• Polyols(ポリオール:例・ソルビトール、マンニトール)
これらの成分は腸内で吸収されにくく、大腸で発酵してガスを発生させやすい特徴があります。
そのため、IBS患者においては、これらの成分が腹痛、膨満感、ガス、下痢、便秘などの不快な症状を誘発する要因となるとされています。
そういったFODMAPを排除または制限した食事が低FODMAP食です。
主に以下の食品が制限の対象となります。
• 玉ねぎ、にんにく、リーキ、アスパラガス、カリフラワー
• リンゴ、洋ナシ、スイカ、マンゴー
• 小麦やライ麦製品(パンやパスタなど)
• 牛乳、ヨーグルト、アイスクリーム(乳糖含有食品)
• キシリトールやソルビトールなどの人工甘味料を含む食品
IBS患者に効果があると証明されているものの、非常に制限の多い食事療法の一つです。
そのため、長期的に継続することが難しいという課題がありました。
こういった背景から、より実践しやすい代替手段として地中海式ダイエットが注目されているのです。
地中海式ダイエットとは?

地中海式ダイエット(Mediterranean Diet)とは、イタリアやギリシャなど地中海沿岸地域の伝統的な食習慣に基づいた食事法です。
以下のような食材を中心に構成されています。
• 野菜、果物、全粒穀物、豆類、レンズ豆の豊富な摂取
• 魚、鶏肉、低脂肪または無脂肪の乳製品、ナッツ類、植物油の積極的な利用
• 加工食品、精製糖、飽和脂肪、赤身肉の摂取は最小限に制限
このダイエットは抗炎症作用がある食品が多く含まれており、腸内細菌のバランスを整えるのに効果があるとされます。
また、低FODMAP食と比べて制限が少なかったり食事のバリエーションも豊富なため、実生活で実践しやすいという利点もあります。
小規模臨床試験の結果――IBS症状の改善

本研究では、ミシガン大学のPrashant Singh医師を中心とする研究チームが、過敏性腸症候群の患者26人を対象に、4週間にわたって地中海式ダイエットと低FODMAP食の効果を比較する無作為化試験が行われました。
• 低FODMAP食グループ:11人中10人が試験を完了
• 地中海式ダイエットグループ:15人中10人が試験を完了
研究の主目的は、「腹痛の30%以上の軽減が少なくとも2週間継続するかどうか」で、その結果は以下の通りでした。
• 地中海式ダイエット群では10人中8人(約73%)が腹痛の軽減を報告
• 低FODMAP食群では10人中9人(約82%)が同様の改善を示した
症状の改善度では低FODMAP食が若干上回ったものの、両者ともに有効性が確認されました。
Singh医師は「どちらの食事法でも症状の改善が見られた」と述べており、IBSの治療法として地中海式ダイエットが十分に有望であるとしています。
今後の課題と展望
この研究は、地中海式ダイエットがIBSの症状緩和に効果的である可能性を示した2つ目の臨床試験です。
最初の研究は2023年に行われており、こちらでも「通常の食事」と比べて有意な改善が認められています。
しかしながら、Singh医師自身「今回の試験は、どちらの食事法が優れているかを判断できる規模ではない」と述べており、今後はより多くの被験者を対象にした長期的な研究が必要であるとしています。
さらに、今回の試験では研究チームが被験者のために食事を準備したことから、現実の生活環境でどれだけ効果が持続するかについても検証が求められます。
マサチューセッツ総合病院のHelen Burton-Murray博士も、「現実の生活では、患者自身がレシピを調べ、買い物をし、調理をする必要がある。そのため、(症状改善まで継続できるかどうかなど)臨床試験とは異なる課題が生じる」と指摘しています。
地中海式ダイエットはIBSに向いているのか?
IBSの症状に対する治療法は多岐にわたり、食事療法もそのひとつです。Burton-Murray博士は「地中海式ダイエットは栄養バランスに優れ、低FODMAP食よりも長期的に継続しやすい」とし、「低FODMAP食は栄養士の指導のもとで行うべき食事療法である」と述べています。
さらに、Trinity Health Lacks Cancer Centerの管理栄養士であるAmy Bragagnini氏は、「家事や仕事、子育てで忙しい人には、地中海式ダイエットの方が実践しやすい選択肢になる」と述べています。
症状に注意を払いながら、無理のない範囲で食生活を改善することが、消化器の健康を守るために非常に重要であると、専門家たちは一致して強調しています。
まとめ
・地中海式ダイエットは、IBSの症状改善にも効果がある可能性があることが示された
・従来の低FODMAP食に比べて制限が少なく、実生活で実践しやすい利点がある
・この関連性を解明するためには、今よりも大規模かつ長期的な臨床研究が求められている
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