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深い眠りが認知症リスクを左右する──スローウェーブ睡眠の重要性

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年齢を重ねるとともに、多くの人が認知機能の低下に悩まされるようになります。

 

認知症の発症リスクを左右する要因については、これまでに多くの研究が行われてきましたが、睡眠と認知症の関係については、まだ明らかにされていない部分も多く残されています。

 

2023年にオーストラリアのモナシュ大学から発表された研究によると、「スローウェーブ睡眠(深い睡眠)」の減少が、認知症の発症リスクを大幅に高める可能性があることが分かりました。

 

特に60歳以上の高齢者において、スローウェーブ睡眠が1年間にわずか1%減少するだけで、認知症を発症するリスクが27%も増加するというのです。

 

一体、睡眠と認知症にはどのような関係が見られたのか……。

 

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考研究)

Association Between Slow-Wave Sleep Loss and Incident Dementia(2025/05/19)

 

 

スローウェーブ睡眠とは?

 

睡眠はおおよそ90分の周期を持ち、いくつかの段階に分かれて繰り返されます。

 

そのうちの第三段階にあたるのが「スローウェーブ睡眠(slow-wave sleep)」です。

 

このステージは約20〜40分間続き、心拍数や血圧が低下し、脳波も最もゆっくりとした状態になります。

 

この深い睡眠は、私たちの身体と脳にとって極めて重要な時間帯です。

 

スローウェーブ睡眠中には、筋肉や骨、免疫機能の強化が行われるほか、脳が情報を取り入れる準備をすると考えられています。

 

近年の別の研究では、アルツハイマー病に関連する脳の変化がみられる人でも、スローウェーブ睡眠が多いほど記憶テストの成績が良くなることが示されています。

 

 

研究の背景と方法

今回の研究では、アメリカで長期にわたり実施されているフラミンガム心臓研究(Framingham Heart Study)のデータが活用されました。

 

対象となったのは、1995年から1998年、そして2001年から2003年の2回にわたって睡眠検査(ポリソムノグラフィー)を受けた346人の参加者です。

 

この参加者たちは、いずれも2001〜2003年の時点で認知症を発症しておらず、2020年時点で60歳を超えていました。

 

研究チームは、両時点でのスローウェーブ睡眠のデータを比較し、さらに最大17年間にわたって認知症の発症状況を追跡調査しました。

 

研究を主導した神経科学者Matthew Pase氏は「高齢化に伴ってスローウェーブ睡眠がどのように変化するのか、そしてその変化が後年の認知症リスクとどのように関連しているのかを検証することを目的とした」と述べています。

 

 

スローウェーブ睡眠の減少と認知症リスク

Association Between Slow-Wave Sleep Loss and Incident Dementiaより

17年間の追跡調査の結果、参加者のうち52人が認知症を発症していたことが明らかになりました。

 

研究では、スローウェーブ睡眠の割合が加齢とともに減少していく傾向が確認され、特に75歳から80歳の間で急激に低下し、その後は一定に保たれることが示されています。

 

結果中で特に注目すべきは以下の点です。

Association Between Slow-Wave Sleep Loss and Incident Dementia 図C・Dより

・スローウェーブ睡眠が1%減少するごとに、認知症を発症するリスクが27%上昇

・アルツハイマー型認知症に限ってみると、そのリスクは32%にまで上昇

   

この結果から、スローウェーブ睡眠の量が、認知症とくにアルツハイマー病の発症に大きく影響している可能性が浮かび上がったのです。

 

 

遺伝的要因と睡眠との関係

さらに研究では、認知症リスクに関係するAPOE ε4遺伝子との関連性も分析されました。

 

その結果、この遺伝子を持つ人ほどスローウェーブ睡眠の減少が加速する傾向がみられました。

 

一方で、脳の海馬の体積減少など、脳構造そのものとの明確な関連性は確認されませんでした。

 

このことから、スローウェーブ睡眠の減少は、遺伝的要因と深く関係している可能性があると研究者たちは考えています。

  

  

因果関係はまだ不明、さらなる研究が必要

 

本研究は観察研究であり、因果関係を明確に証明したものではありません。

 

つまり、スローウェーブ睡眠の減少が認知症の原因になるのか、それとも認知症の初期変化が睡眠に影響を与えるのか、という点についてはまだ結論が出ていないということです。

 

Pase氏は、「これまで私たちは、スローウェーブ睡眠が老化した脳をさまざまな面でサポートしていること、そして代謝性老廃物の排出を促進することでアルツハイマー病に関わるタンパク質の除去にも関与していることは知っていた。

しかし、スローウェーブ睡眠が認知症の発症リスクにどう関係するかは不明だった。

本研究により、それが『修正可能なリスク要因』である可能性が示された」と述べています。

 

 

睡眠は今すぐ見直せるリスク因子

この研究から分かることは、スローウェーブ睡眠の維持は、認知症の予防にとって非常に重要な可能性があるということです。

 

たとえスローウェーブ睡眠が年齢とともに自然と減少するとしても、睡眠習慣を改善することで、その減少を最小限に抑える努力が有効である可能性があります。

 

生活習慣の見直しや、入眠環境の工夫、深い眠りを妨げない薬の使用、睡眠リズムの整備など、スローウェーブ睡眠を促進する手段は私たちの手の届く範囲にあるのです。

 

 

まとめ

・スロウウェーブ睡眠が年間1%減少するごとに、認知症リスクが27%上昇する可能性がある

・APOE ε4遺伝子を持つ人では、スロウウェーブ睡眠の減少が加速しやすい傾向がある

・スロウウェーブ睡眠は修正可能な認知症リスク因子である可能性が示唆された

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