【前回記事】
この記事では、著書“図鑑心理学”と自分が学んできた内容を参考に、歴史に影響を与えた心理学についてまとめていきます。
心理学が生まれる以前、心や精神とはどのようなものだったのかに始まり、近代の心理学までをテーマとして、本書から興味深かった内容を取り上げていきます。
今回のテーマは、「認知的不協和」についてです。
米マサチューセッツ工科大学の心理学者レオン・フェスティンガーは、過去に自分が出した結論と逆の行動をしてしまうことや、自分が信じていることが正しくないという証拠を認知した状態を“認定的不協和”と呼びました。
彼は、マサチューセッツ工科大学で社会心理学を創設した一人であるクルト・レヴィンの指導を受けていた人物でもあり、フェスティンガーの学術的な成果は、レヴィンの影響を少なからず受けていたとされています。
フェスティンガーは、「人は混乱を避けるために、習慣や日課を通して優先順位づけを行い満足感を得ている」と考えていました。
日常的に抱いている信念や思考方法が混乱しないように整合性を取ろうとしているのです。
良く言うとバランスを取ろうとしている、悪く言うと都合よく解釈しようとしている、といったように考えることもできます。
自分が信じていることが正しくないという証拠に出くわすと人は不安になります。
フェスティンガーは、二つの矛盾する考えから生じるこの不安を“認知的不協和”と呼び、この不安を取り除く唯一の方法は、二つの考えを調和させることだと述べています。
人は新たな事実が出てきたとしても、長い間信じていたことを簡単には変えようとしません。
それよりも、これまで信じていたことを信じ続けることを好み、場合によっては信じるために自分なりの話を作るなど様々な解釈を始めます。
この考えのもとで彼はある実験を行います。
【実験①】単純作業の実験と仕込み
A Lesson In Cognitive Dissonanceより
今回の被験者はスタンフォード大学の心理学初学者71名です。(その内で分析の対象となったのは60名)
被験者は事前に、「今回の実験は作業成績の測定に関する研究である、時間は1時間程度で終わるが、他の学生のインタビューなどもあるので2時間近くかかる」と説明を受けました。
その後、被験者は3つのグループに分けられ、実験室に入室すると課題が与えられました。
課題は12個の糸巻きを皿から皿へ移し、それらを片手で回したりするといった単純で退屈な課題でした。(3グループとも同じ課題)
課題をこなした後、各グループにインタビューが行われました。
一つ目は、課題が終わった後は特に何もなくインタビューを行い終了となる対照条件グループ。
二つ目は、その後も実験が続き1ドルの報酬を与えられる グループ。
三つ目は、その後も実験が続き20ドルの報酬を与えられるグループ。
実験の要となるのはもちろん一つ目と三つ目のグループです。
では、その後の実験を見ていきましょう。
被験者らは実験者からこう説明を受けます。
「実はこの実験には二つのパターンがある。
一つ目は作業の方法を説明するだけのパターンで、先程君たちに対して行なった実験である。
二つ目のパターンはこれから行う予定の実験で、作業自体は同じだが、被験者の気分を高めるために、『面白かった』、『楽しかった』などが書かれた実験の感想文を使って気分を誘導するものだ。
本来これはアルバイトの学生が行う予定だったが、欠席となって困っているため君たちにその役目をお願いしたい。」
もちろん欠席したアルバイトなどおらず、二パターン目の実験があるというのも嘘です。
実験者が部屋から出ていくと、ほどなくして別の被験者らしき者を伴い戻ってきます。(この被験者らしき者は実験の協力者)
二人が揃ったところで、実験の続きが始まります。
「こちらを次に実験を受ける○○さんです。そして、こちらは先に実験を受けた△△さんです。△△さんは実験の様子を○○さんに話してください」
騙された被験者は、実験者の言う通り「面白かった」「楽しかった」などが書かれた感想文などを見せながら話します。
この時実験協力者の△△さんは少し否定的で、「前に実験を受けた人の話を聞いたところだと、何とも退屈だったらしいけどね」と反論しながらも、最終的には被験者の話を頷きながら聞くようにな仕草をしました。
その後△△さんは実験室で実験を受けるよう指示を受け、その場を去りました。
残った被験者にはグループに応じて1ドルまたは20ドルが支払われました。
【実験②】インタビュー
A Lesson In Cognitive Dissonanceより
続いて、実験の最後の場面ではインタビュアーが現れ、実験の評価を11段階で行ないました。
(1)課題はどの程度面白かったか
-5から+5で評価
(2)この課題から学ぶことはあったか
0から+10で評価
(3)この研究に科学的重要性が認められるか
0から+10で評価
(4)この実験と似た他の研究もやってみたいか
-5から+5で評価
以上四つの質問に対して聞き取りを行ない、被験者の評定を書き取りました。
そして最後に、実験の本来の目的が説明され、1ドルまたは20ドルの報酬は実験者によって回収されました。
それでは、グループごとの評価を見てみましょう。
評価のまとめを見てみると、【課題は面白かった】かという質問に対しては、1ドル報酬を支払われたグループの評価が高いことが分かりました。
【この研究に科学的重要性が認められるか】という質問に対しては、またしても1ドル報酬を支払われたグループの評価が高い傾向にあることが分かりました。
他の二つの質問については、統計学的な有意差は見られませんでした。
【参考動画】
この実験は、糸巻きを片手で移動させるといった非常に退屈な作業でした。
今回の実験で不協和の低減の仕組みがはっきりと動き出したのは、1ドル条件のグループでした。
この条件では、報酬として1ドルしか貰えず、さらに面白くもないものを「面白かった」と嘘をついたと言わされます。
退屈な作業をやるために2時間も拘束され、嘘までつかされ、その上もらった報酬はたったの1ドル。
これでは不快感が残るはずです。
ここで現れたのが認知的不協和です。
「何とかして自分なりに納得のいく方向に持っていくことで不協和を解消しよう」と、無理やりこう考えます。
「この実験は自分には退屈に感じられたが、実は多くの人にとっては面白いと感じるのではないだろうか、そうだとすれば、自分は嘘をついたのも少しは許されるだろう。もしかしたら、この実験は心理学上重要度の高い研究だったのかもしれない……」
つまり自分が感じた不協和を、自分なりに解決しようという仕組みが働いたのです。
20ドルをもらったグループが、1ドルグループよりはるかに多い報酬をもらったにも関わらず【課題の面白さ】が-0.05ポイントと低いのは、まとまったお金をもらったことで、退屈作業を行うことに納得がいったからだとフェスティンガーは考えたようです。
またもう一つ、彼が行ったカルト集団についての研究があります。
シカゴのあるとあるカルト集団にの人たちは、1954年の12月21日に大洪水が起きて世界は滅び、 地球圏外からくるエイリアンの空飛ぶ円盤によって救出されるのだと信じ込んでいました。
フェスティンガーは、その予言の前後に、カルト集団のメンバーに対して、チームを組んでインタビューを実施しました。
インタビューで分かったことは、実際には洪水がなく、空飛ぶ円盤も現れなかったととしても、カルトのメンバーたちはエイリアンの存在を信じ続けたということでした。
それまで過去に信じていたことと目の前の現実の不協和が大きすぎるあまり、事実を直視することができなかったのです。
不協和の原因として、信仰の中で費やした時間やお金も少なからず関係していたことでしょう。
ついにそのカルト集団は、地球が滅びないように自分たちが善行を積んだおかげで、エイリアンは危害を加えなかったと信じ始めることになっていくのです。
この内容は、フェスティンガーと彼の共同研究者であるヘンリー・リーケンとスタンリー・シャクターが1956年に出版した「予言が外れるとき(When Prophecy Fails)」でも知られています。
人間は、その者が捉えた事象を客観的に認知して判断するのではなく、その者の認知的要素の整合性をとろうして行動している、つまり、自分の行った行為を正当化しようとしているのだということが分かります。
また、誰しもが事実によって判断するのではなく、感情によって判断するという側面が明らかになったことも、心理学の歴史において大きな影響を与えることになっていきます。
まとめ
・フェスティンガーは「退屈な実験」を通して認知的不協和を明らかにした
・認定的不協和は、納得できない状況が現れた際、無理やりにでも納得のいく理由を考えてしまうこと
・受け入れ難い事実を捻じ曲げて解釈してしまうのも、この心理的な作用によるもの
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