【前回記事】
この記事は、著書“心理学をつくった実験30”を参考に、”パヴロフの犬”や”ミルグラム服従実験”など心理学の基礎となった実験について紹介します。
「あの心理学はこういった実験がもとになっているんだ!」という面白さや、実験を通して新たな知見を見つけてもらえるようまとめていこうと思います。
今回のテーマは、“ピグマリオン効果”です。
ピグマリン効果
【本書より引用(要約)】
ロバート・ローゼンタール(1933~) スタンフォード大学より
今からおよそ40年前、アメリカの教育心理学者ロバート・ローゼンタール(1933‐)らによる研究結果が本として出版されました。
この研究は、1964年からオーク学校(仮称)という小学校の児童を対象として最初の実験が行われました。
オーク学校は中産階級が多い地域やメキシコ系の移民などの低所得者が多く住む地域など、多様な地域にある公立小学校でした。
まず、年度の初めに1年生から6年生までの児童を対象に知能検査が実施されました。
そして、その結果を分析した心理学者は検査を受けた児童のうち約20%の児童が潜在的な能力が高いとし、担任に氏名を報告しました。
しかし、本当はこの報告は嘘であり、潜在的に能力が高いと判断された児童は、出席簿からランダムに選ばれただけでした。
一年後、対象の児童に再び知能検査が実施されました。
その結果、潜在的な能力が高いとされた児童(グループA)とそうではない児童(グループB)は、知能指数の上昇幅において以下のような差が生まれました。
【知能指数の上昇幅が10%以上上昇】
・グループA→79%
・グループB→49%
【知能指数の上昇幅が20%以上上昇】
・グループA→47%
・グループB→19%
【知能指数の上昇幅が20%以上上昇】
・グループA→21%
・グループB→5%
つまり、能力が高いという虚偽の報告をされた児童の知能指数が飛躍的に向上したのです。
こうした傾向は低学年の児童でより顕著でした。
社会心理学には“自己充足的予言”と言われるものがあります。
これは、根拠の無い見立てや思い込みを持つと、無意識にその思い込みに沿った行動をとるために、思ったことが現実のものとなる現象のことです。
いわゆる思い込みが現実となるようなものです。
社会心理学においては、流言やデマなどを自分自身に関連づけてしまい、悪い思い込みが現実に引き起こされてしまうケースを指すことが多いです。
ローゼンタールらの実験は、ポジティブな意味で自己充足的予言の一種と解釈されました。
つまり、教師は専門家から潜在的に能力が高いと伝えられた児童に対して知らず知らずのうちに手をかけ、サポートする態度で接することになったと考えられます。
その様な態度は、児童の学習行動のひとつひとつに対してその度に承認し、褒める働きをするようになります。
それが長期間にわたって積み重なることで、その児童の学習に対する動機付けや習慣にプラスに作用した結果、知能指数のアップに繋がったと分析されています。
ローゼンタールはこの学校における自己充足的予言をまとめた本の題名を、ギリシャ神話に登場するピグマリオン王の名前を由来とし「教室のピグマリオン」として出版しました。
これがきっかけで、こういった現象は“ピグマリオン効果”と呼ばれるようになっています。
良い未来を思わせる教育
子どもの学力を伸ばし、学習に対する動機付けを高めることは、教育心理学の大きな目的の一つです。
ただし、こうした試みの多くは教師が子供に対して分け隔てなく同じ態度で接することが前提とされています。
今回紹介したピグマリオン効果は、児童に対しプラスの影響を与えましたが、教える側の意識によってはマイナスに働く場合も考えられます。
「この子はたぶんこれぐらいしかできないだろう」とか「やったとしてもどうせ無理だろう」と大人が思い込んでしまい、子どもの本来の力を伸ばすことができないこともたくさんあります。
10年以上教育業に携わってきた身としては、生徒一人でさえその能力を見定めるのは困難を極めます。
塾でいくら指導したとしても、家庭や学校でできないイメージを植え付けられてしまったらおしまいです。
ましてや、ゲームやスマホなど現実から逃れる手段が多岐にわたる現在では、一歩間違えば依存症まっしぐらです。
“辛いことに向き合えない”、“やらなければいけないことに長い時間集中できない”ということが問題になっていますが、それは子どもを取り巻く環境のせいなのかもしれませんね。
それを少しでも改善するために、“今の子どもは昔と環境が違うことを認識し、大人が楽しみながら学ぶ姿を見せ、社会に出るとこんな素晴らしいことが待っている”と教育することが大切だと信じています。
【ピグマリオンの物語】
ピグマリオンは、ギリシャ(ローマ)神話に登場する王の名前です。
女嫌いで独身生活を送っていたピグマリオン王。
優れた彫刻家でもあった彼はあるとき、この世のものとは思えないほど美しい女性の彫刻を作りました。
彫刻を眺めているうちに彼は、その美しい姿に恋をするようになっていきます。
彼女に服を着せ、食事を用意し、時には話しかけることもあり、まるで人間かのように扱いました。
ある日ピグマリオン王は、美の神であるアフロディーテ(ローマ神話におけるヴィーナス)の祭り際、「彫刻を妻にしたい」と願いました。
すると、祭りの炎が三度燃え上がりました。
これはアフロディーテが願いを聞き入れた合図です。
それを見たピグマリオン王はすぐさま家に戻りました。
彫刻を愛人のように扱い続けた彼の願いは叶ったのです。
彼女を抱きしめると肌の温もりを感じ、彼の口ずけに頬を赤らめるのでした。
といった内容の神話です。
ちなみにこの話の少し前、キプロス島に流れついたアフロディーテはその美しさ故に、島中の男たちを虜にしました。
島民は彼女は女神と崇めますが、一部の女性たちはこれが面白くなく思い、アフロディーテを神と認めませんでした。
それに怒ったアフロディーテは、その女性たちに呪いをかけ、売春婦にし、女の醜さをあらわにさせました。
日頃からそんな女性たちの姿を見ていたピグマリオン王はすっかり女性を恐れるように……。
これがピグマリオン王が女嫌いになった原因です。
女神を怒らせると怖いですね……。
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