科学

ファスティングが髪の成長に悪影響を与える可能性

科学

2024/12/13日、科学雑誌Cellに興味深い論文が発表されました。

 

断食が毛髪の成長に悪影響をもたらすというのです。

 

断食とは、食物を断つ行為であり、狩猟生活の中で食糧が手に入らなかったり、宗教的な行為によるものだったりと、古くから人間が行ってきた習慣のひとつです。

 

現代では健康促進を目的として実践する人も増えており、この分野の研究も盛んに行われています。

 

その中でも、断続的ファスティング(Intermittent Fasting)は、特定の時間帯にのみ食事を摂り、それ以外の時間は断食を行う食生活スタイルとして広く知られています。

 

近年の研究では、この方法が体重減少炎症軽減などの健康効果をもたらす可能性があることが示されています。

 

ただし、その一方で、断続的ファスティングがもたらす予期しない副作用についても注目が集まりつつあります。

 

浙江大学による最新の研究では、断続的ファスティングが毛髪の再生速度を遅らせる可能性があることが明らかになりました。

 

この研究はマウスを用いた実験を基にしたものであり、人間を対象とした小規模な臨床試験でも同様の結果が示されています。

 

以下では、この研究の詳細やその背景について詳しく解説します。

 

 

参考記事)

Intermittent Fasting Could Have a Downside For Those Wishing to Grow Their Hair(2024/12/14)

 

参考研究)

Intermittent fasting triggers interorgan communication to suppress hair follicle regeneration(2024/12/13)

 

 

研究の背景

この研究を主導したのは、中国浙江省にあるWestlake Universityの幹細胞生物学者であるBing Zhang氏です。

 

Zhang氏によれば、今回の研究結果は断続的ファスティングを否定するものではなく、むしろそのメリットとデメリットを正しく理解するための一助とするべきだといいます。

 

断続的ファスティングは健康に多くの良い影響をもたらすことが知られている。しかし、副作用や予期しない影響についても考慮することが重要である」とZhang氏は述べています。

 

これまでの研究では、断続的ファスティングが血液、腸、筋肉組織の幹細胞のストレス耐性を高めることが示されていました。

 

しかし、皮膚や毛髪のような末梢組織に対する影響についてはほとんど調査されておらず、今回の研究はそのギャップを埋めるものです。

 

 

マウスを使った実験

Intermittent fasting triggers interorgan communication to suppress hair follicle regeneration より

 

研究チームは、断続的ファスティングが毛髪の再生に与える影響を調べるため、マウスを以下の3つのグループに分けて実験を行いました。

 

1. 制限なしの食事グループ(対照群):1日中いつでも食事可能

2. 時間制限断食グループ:1日8時間のみ食事を許可し、残りの16時間は断食

3. 隔日断食グループ:1日おきに断食を行う

 

実験の結果、断食を行ったマウスでは予想に反して毛髪再生が遅くなることが確認されました。

 

対照群のマウスは30日以内にほとんどの毛が再生したのに対し、断続的ファスティングを行ったマウスは96日経っても部分的にしか毛が再生しませんでした。

 

 

毛包幹細胞への影響

Intermittent fasting triggers interorgan communication to suppress hair follicle regeneration より

  

毛髪の再生に重要な役割を果たしているのは、毛包に存在する毛包幹細胞(HFSCs)です。

 

これらの幹細胞は、活性化と休眠を繰り返しながら新しい毛を作り出します。断食を行わなかったマウスでは、毛包幹細胞が約20日後に活性化し、その後毛髪が再生するまで活動を続けました。

 

一方、断続的ファスティングを行ったマウスでは、幹細胞が活性化するどころか、アポトーシス(プログラム細胞死)を起こしていました。

 

この原因をさらに調査したところ、断食中に増加した活性酸素種(ROS)が細胞にストレスを与えていたことが分かりました。

 

断食によるストレスが幹細胞の死を引き起こし、毛髪の再生が遅れるという結果に繋がったのです。

 

詳しい内容については後述します。(“グルコースと脂肪の影響”にて)

 

 

人間への影響:臨床試験の結果

さらに研究チームは、49人の健康な成人を対象とした臨床試験を実施しました。

 

この試験では、被験者を以下の2つのグループに分けて観察しました。

 

1. 断続的ファスティングを行うグループ:1日18時間の断食を実施

2. 制限なしで食事を許可されるグループ(対照群)

 

試験の結果、断続的ファスティングを行ったグループでは、対照群に比べて毛髪の再生が遅れる傾向が確認されました。

 

ただし、今回の臨床試験は規模が小さく、対象者も健康な若者に限られていたため、これがすべての人に当てはまるかどうかを判断するにはさらなる研究が必要です。

 

Zhang氏は「マウスと人間では代謝率が異なるため、断食の影響も異なる。人間の場合、幹細胞の損傷はマウスほど深刻ではないが、それでも毛髪の再生速度が通常よりやや遅くなることが分かった」と述べています。

 

 

グルコースと脂肪の影響

Intermittent fasting triggers interorgan communication to suppress hair follicle regeneration より

 

研究者は、毛包幹細胞(HFSC)がグルコースと脂肪を切り替えることによって導入されたフリーラジカルと抗酸化物質の不均衡に対処できないことを発見しました。

 

これは、グルコース(糖)と脂肪の利用切り替え幹細胞にストレスを与えることで、結果的に毛髪再生を遅らせることに関係していると考えられます。

 

通常、体はエネルギー源としてグルコースを利用しますが、断食中はエネルギー不足を補うため、脂肪を分解して遊離脂肪酸をエネルギーとして利用します。

 

この代謝の切り替え自体は健康に良いとされていますが、毛包幹細胞(HFSCs)にとっては大きな負担になる場合があります。

 

断食中に放出された遊離脂肪酸が毛包周辺に蓄積すると、活性酸素種(ROS)が過剰に生成されます。

 

この活性酸素細胞にダメージを与え、幹細胞が正常に機能できなくなる原因となるのです。

 

特に毛包幹細胞は、代謝の切り替えに適応するための十分な抗酸化能力を持っていないため、断食による影響を強く受けやすいことが分かっています。

 

一方、幹細胞がエネルギー源として必要とするグルコースが不足する状況も問題です。

 

毛包幹細胞は活性化して新しい毛髪を作る際にエネルギーを大量に消費しますが、断食中はグルコース供給が制限されるため、幹細胞が十分に働くことができなくなる可能性があります。 

 

このように、グルコースと脂肪の代謝切り替えが引き起こすエネルギー供給の不安定さ酸化ストレスが、毛髪再生を遅らせる主な要因であると考えられます。

 

 

ビタミンEがもたらす可能性

興味深いことに、皮膚の外層細胞は毛包幹細胞とは異なり、断食の影響をほとんど受けませんでした。

 

これは、外層細胞が抗酸化能力を高く持っているためです。

 

さらに、研究チームがビタミンEを用いて幹細胞の抗酸化能力を高める処置を行ったところ、幹細胞の損傷を軽減し、断食中の毛髪再生を促進できる可能性があることが確認されました。

 

この結果は、毛髪の健康維持や断続的ファスティングのデメリットを抑える手段としての可能性を示唆しています。

 

これらの研究結果を受け、Zhang氏と研究チームは、皮膚の傷の治癒に与える影響毛髪再生を促進する代謝物質の特定など断続的ファスティングが他の組織に与える影響についてさらに調査を進める予定です。

 

 

まとめ

・断続的ファスティングは健康効果が期待できる一方で、毛髪再生に悪影響を及ぼす可能性がある

・毛包幹細胞(HFSCs)は断食による代謝ストレスに対応できず、アポトーシスが発生する場合がある

・さらなる研究が、断食のリスクを軽減する手段や健康効果を最大化する方法の解明につながる可能性がある
 

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