前回の「セリアック病の歴史と日本人の有病率」に続き、グルテンに関する研究の紹介です。
欧米では100人に1人の割合がセリアック病などのグルテンを由来とする病気の影響を受けるとされています。
中には症状が軽いために無自覚の者もいますが、たった少量のグルテンを摂取しただけで深刻な体調不良を引き起こす人々もいます。
これは「セリアック病」と呼ばれる自己免疫疾患によるものです。
この病気にかかると、膨満感、腹痛、下痢、便秘、胃酸逆流など、多岐にわたる症状が現れます。
現在、この疾患を治療する方法は「グルテンフリー」の食生活を維持することだけですが、小麦をはじめとしたグルテンを含む食材を断つことは、人によっては極めて困難な課題となります。
このため、小麦(グルテン)をはじめとする病気のメカニズム解明に関する研究をすることは、そういった病気に悩む多くの人を助ける手段になります。
今回はそんなセリアック病のメカニズムに迫った最新の研究の紹介です。
参考記事)
・Scientists Finally Identified Where Gluten Reactions Begin(2024/12/01)
セリアック病の根本的なメカニズムを解明する試み
セリアック病の原因は主に遺伝にあるとされています。
この病気の患者の約90%は、HLA-DQ2.5という特定のタンパク質をコードする遺伝子を持っており、残り患者の多くもHLA-DQ8という類似のタンパク質を持っていることが確認されています。
これらのタンパク質は、体内の免疫細胞に異物を認識させる働きを持つ「HLA(ヒト白血球抗原)」と呼ばれるタンパク質群の一部です。
これらのHLAタンパク質は、本来体外から侵入する病原体の断片を捉え、それを免疫系に提示する役割を担っています。
しかし、セリアック病では、グルテンの断片である「グルテンペプチド」を病原体と誤認し、免疫系が自分自身の腸組織を攻撃してしまいます。
この誤作動により、腸壁の損傷や炎症が引き起こされ、上述の症状が発生してしまうのです。
腸壁細胞の意外な役割を特定
これまで、セリアック病の進行には免疫系が中心的な役割を果たすと考えられてきました。
しかし、今回の研究で、腸壁を構成する細胞自体がこの疾患の初期段階において積極的な役割を果たしていることが判明しました。
マクマスター大学を中心とする国際的な研究チームは、治療済みおよび未治療のセリアック病患者の腸壁細胞を調査し、これをHLA-DQ2.5遺伝子を持つ遺伝子改変マウスの腸細胞と比較しました。
さらに、これらの細胞を用いて「オルガノイド」と呼ばれる腸の機能モデルを作成し、炎症性因子やグルテンペプチドが細胞に与える影響を詳しく観察しました。
その結果、腸壁の細胞が単なる“被害者”ではなく、むしろグルテンペプチドを免疫細胞に提示する(抗原が反応するように促す)積極的な“媒介者”として働いていることが分かりました。
腸内の細菌や分解酵素の存在下で、これらの細胞がグルテンの断片を拾い上げ、免疫系に提示する重要な役割を担っているのです。
グルテンに対する免疫反応の詳細な仕組み
研究では、腸壁細胞が炎症性因子にさらされると、HLA-DQ2.5やHLA-DQ8の発現が増加し、グルテンペプチドをより積極的に提示することが確認されました。
また、グルテンペプチドは消化過程で完全には分解されない特性を持ち、それが免疫系の攻撃を誘発する一因となっています。
さらに、腸内に存在する炎症性の微生物がこの反応を増幅させることが分かりました。
これにより、腸壁細胞と腸内細菌、そして免疫系の相互作用が、セリアック病の発症と進行において中心的な役割を果たしていることが浮き彫りになりました。
腸壁の細胞は予想以上に敏感
今回の研究から、腸壁の細胞が免疫への媒介者であることが明らかになりましたが、これはまた非常に厄介な問題でもあります。
記事中でも述べたとおり、グルテンペプチドはその性質上、消化過程で完全には分解されない特性を持ちます。
こういった未消化の異物が、本来栄養を吸収する絨毛(今回では腸の微絨毛)にまとわりつき、絨毛の働きを抑制してしまいます。
場合によっては絨毛が破壊され、栄養を吸収するために表面積を確保していた絨毛突起が平たくなる(表面積が小さくなる)こともあります。
普段、ラーメンばかり食べているのに、食べても食べても太らない(栄養が吸収されない)状態はこの可能性が高いです。
それだけならまだしも、ペプチドが毒素を出すことで絨毛に傷がつき、そこから異物が侵入してアレルギー反応を起こすことも多いです。
そんな栄養吸収やアレルギー反応に大きく関わる腸壁の細胞ですが、今回の研究では、グルテンペプチドの存在を免疫細胞に知らせ、攻撃を激しくしてしまうことが判明しました。
つまり、腸壁の細胞は私たちが考えている以上に敏感で繊細であるということです。
これまでは如何に腸壁を守れるかに重点が置かれてきたセリアック病ですが、腸壁の細胞からの信号についても対象しなければならないという新たな問題も浮上したということでもあります。
現状、対処法がグルテン抜きしかない理由も頷けます。
また、今回の発見はセリアック病治療における新たな知見を提示しました。
腸壁細胞や腸内細菌、さらにはこれらが引き起こす炎症性因子を特定し、それらを標的とする治療法の開発が期待されています。
これにより、セリアック病患者がグルテンを含む食品を摂取しても、症状が引き起こされない未来が実現する可能性があります。
マクマスター大学の生物医学エンジニアであるトヒド・ディダー氏は、「この研究は、セリアック病の原因を細胞レベルで詳細に特定したという点で画期的である。将来的には、腸内環境を調整する新しい治療法の基盤となるだろう」と語っています。
まとめ
・腸壁細胞がグルテンペプチドを免疫系に直接指示する役割を果たしていることが判明した
・腸内細菌と炎症因子が重要な影響を与え、病気の進行を助長する重要な要因となる
・腸内環境や細胞を標的とした治療法が、グルテン摂取を可能にする未来を拓く鍵になる
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