腸内には、私たちの健康を左右する無数の微生物が存在していますが、その全体像はいまだ完全には解明されていません。
今回、これまで培養できず直接観察することが難しかった“隠れた腸内細菌群”が、世界規模で健康と強く関連している可能性が明らかになりました。
本研究は、健康な腸内環境の定義をより精密に描き出し、将来的にはより標的を絞ったプロバイオティクス開発につながる可能性を示しています。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Scientists discover a hidden gut bacterium linked to good health(2026/02/14)
参考研究)
存在だけが認識されていた「CAG-170」
本研究は、イギリスのケンブリッジ大学の獣医学部に所属するAlexandre Almeida氏らが主導したものです。
研究の中心となったのは、「CAG-170」と呼ばれる腸内細菌群です。
この細菌群は、これまで遺伝子情報によってのみ存在が確認されていた微生物群であり、実験室内での培養がほとんど成功していませんでした。
そのため、従来の培養ベースの微生物研究では十分に解析できなかった“隠れたマイクロバイオーム”の一部とされています。
健康な人に多く、病気の人には少ない

研究チームは、39か国・11,000人以上の腸内マイクロバイオームサンプルを解析しました。
対象には、健康な人々に加え、炎症性腸疾患、肥満、慢性疲労症候群など13種類の疾患を持つ人々が含まれていました。
高度な計算解析技術を用いて、各サンプル内にCAG-170の遺伝子指紋が存在するかどうかを検索したところ、明確なパターンが浮かび上がりました。
健康な人々ではCAG-170の存在量が有意に多く、疾患を有する人々では一貫して少なかったのです。
この傾向は、地域や国を超えて共通して観察されました。特に、クローン病や肥満などの患者ではCAG-170の減少が顕著であったと報告されています。
ビタミンB12産生能力という特徴

遺伝子レベルでのさらなる解析から、CAG-170は大量のビタミンB12を産生する能力を持つことが示唆されました。
また、炭水化物や糖類、食物繊維を分解する酵素も備えていることが確認されています。
興味深い点は、CAG-170が産生するビタミンB12が、直接ヒトに作用するというよりも、他の有益な腸内細菌を支える役割を担っている可能性が高いという点です。
つまり、CAG-170は腸内生態系全体のバランスを維持する“基盤的存在”である可能性があります。
ただし、このビタミンB12の機能については、現時点では遺伝子情報に基づく推定であり、実際の生理的影響を直接検証したわけではありません。
この点については今後の実験的検証が必要であると考えられます。
「統一ヒト消化管ゲノムカタログ」の活用

本研究は、Almeida氏が以前構築した「Unified Human Gastrointestinal Genome catalogue(統一ヒト消化管ゲノムカタログ)」というリファレンスデータベースを基盤としています。
このカタログは、「メタゲノミクス(metagenomics)」という手法を用いて作成されました。これは、腸内サンプル中のすべての微生物DNAを一括解析し、そこから個々の種に分類する技術です。
この解析によって、腸内に生息する4,600種以上の細菌が同定され、そのうち3,000種以上がこれまで未報告であったことが明らかになりました。
この事実は、私たちの腸内マイクロバイオームの約3分の2が、最近までほとんど理解されていなかったことを示しています。
CAG-170もその一部です。
3つの独立解析による検証
研究チームは、関連性の確実性を高めるために、3つの独立した解析を実施しました。
1つ目の解析では、11,000人以上のデータを用い、疾患群と健康群を比較しました。
2つ目の解析では、6,000人以上の健康な個人の腸内細菌構成を精査し、腸内生態系を安定化させる能力が高い種を特定しました。
その結果、CAG-170は最も一貫して健康と関連する細菌群として上位に位置づけられました。
3つ目の解析では、「ディスバイオーシス(腸内細菌叢の不均衡)」との関連が検討されました。
解析から、CAG-170の低下はディスバイオーシスのリスク増加と関連していることが判明しました。
ディスバイオーシスは、過敏性腸症候群、関節リウマチ、不安障害やうつ症状などの慢性疾患と関連することが知られています。
ただし、本研究は相関関係を示したものであり、因果関係を直接証明したものではありません。
将来的なプロバイオティクスへの応用可能性
現在のプロバイオティクス市場では、数十年前から使用されている菌種が主流です。
しかし、本研究は、より健康との関連が強い新たな細菌群を標的とする可能性を示しています。
Almeida氏は、「プロバイオティクス産業は腸内研究の進展に十分追いついていない」と述べています。
CAG-170のような細菌をサポートする製品が開発されれば、より高い健康効果が期待できる可能性があります。
ただし、CAG-170の多くはまだ培養できておらず、実験的検証が進んでいない段階です。
そのため、実際にプロバイオティクスとして応用可能かどうかは未確定であり、今後の技術革新が不可欠です。
本研究の意義と限界
本研究の最大の意義は、“見えないマイクロバイオーム”が健康の中核を担っている可能性を示した点にあります。
これまで研究の中心は培養可能な細菌に限られていましたが、遺伝子解析技術の進歩により、未培養微生物の重要性が明らかになりつつあります。
一方で、本研究は観察研究に基づく大規模データ解析であり、CAG-170が直接的に健康を改善するかどうかを実験的に証明したものではありません。
ビタミンB12産生機能や腸内安定化作用も、主に遺伝子機能予測に基づく推定です。
したがって、本研究の結論は有望ではあるものの、臨床応用にはさらなる検証が必要です。
まとめ
・CAG-170は世界規模で健康と強く関連する“隠れた腸内細菌群”であることが示された
・ビタミンB12産生や炭水化物分解能力を持ち、腸内生態系を支える役割が推定されている
・将来的な標的型プロバイオティクス開発の可能性がありますが、因果関係や臨床応用については今後の研究が必要

コメント