ミトコンドリアのエネルギー効率を高めることで、マウスの寿命と健康寿命が延びた
老化は避けられない現象だと長らく考えられてきましたが、近年の生命科学研究では、その進行速度を調節できる可能性が示されつつあります。
今回、日本の研究チームは、細胞内の「エネルギー工場」であるミトコンドリアの働きを高めることで、寿命そのものだけでなく、老化に伴う不調を抑えられることを、動物実験によって明らかにしました。
この研究は、加齢に伴う代謝低下や慢性疾患の予防、さらには「健康寿命の延伸」に向けた新たな分子メカニズムを提示するものです。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Scientists found a new way to slow aging inside cells(2025/12/20)
・A Mitochondrial Protein May Hold the Secret to Longevity, New Study Finds(2025/12/10)
参考研究)
・Mitochondrial Respiratory Supercomplex Assembly Factor COX7RP Contributes to Lifespan Extension in Mice(2025/11/18)
老化研究の鍵を握る「ミトコンドリア」

私たちの体を構成する細胞の中には、ミトコンドリアと呼ばれる小さな器官が存在しています。
ミトコンドリアは「細胞の発電所」とも呼ばれ、解糖系やクエン酸回路、電子伝達系といったシステムを介してATP(アデノシン三リン酸)というエネルギー分子を産生する役割を担っています。
このATPは、筋肉の収縮、神経伝達、物質合成など、生命活動のほぼすべてに不可欠な存在です。
これまでの研究により、加齢や加齢関連疾患(糖尿病、心血管疾患、神経変性疾患など)では、ミトコンドリアの機能低下が共通して見られることが分かってきました。
そのため近年、老化を理解し、制御するうえで、ミトコンドリアは最重要研究対象の一つと考えられています。
エネルギー産生を支える「ミトコンドリア超複合体」

ミトコンドリアの内部では、ATPを作り出すために「呼吸鎖複合体」と呼ばれる複数のタンパク質群が連携して働いています。
これらの複合体は、電子とプロトンを段階的に移動させることでエネルギーを生み出します。
近年の研究で、これらの呼吸鎖複合体は、単独で存在するだけでなく、「超複合体(supercomplex)」と呼ばれる柔軟な集合体を形成することが明らかになっています。
この超複合体が形成されることで、エネルギー伝達のロスが減り、ATP産生効率が高まる可能性が指摘されてきました。
しかし、これまでのところ、超複合体の形成が実際に個体レベルの健康や寿命にどの程度寄与するのかを示す直接的な証拠は限られていました。
この点が、長年未解決の課題とされてきたのです。
COX7RPというタンパク質に着目
この疑問に挑んだのが、日本の東京メトロポリタン老年病研究所の研究チームです。
チームが注目したのは、COX7RP(cytochrome c oxidase subunit 7a related polypeptide)と呼ばれるミトコンドリア内タンパク質です。
このタンパク質は、ミトコンドリア呼吸鎖超複合体の形成を促進する因子として、過去の研究で同グループにより同定されていたものです。
研究では、COX7RPを通常より多く発現する遺伝子改変マウス(COX7RP-Tgマウス)を作製しました。このマウスでは、生涯を通じて全身でCOX7RPが高レベルに保たれるよう設計されています。
このモデルを用いることで、研究者たちは、寿命、老化の進行、代謝機能の変化を長期間にわたって詳細に観察することが可能となりました。
寿命だけでなく「健康寿命」も延長

実験の結果、COX7RP-Tgマウスは、通常のマウスと比べて平均寿命が約6.6%延びていたことが示されました。
注目すべき点は、寿命が延びただけではありません。
健康寿命(healthspan)に関わる指標も大きく改善していました。
具体的には、
• インスリン感受性が向上し、血糖調節が改善
• 中性脂肪および総コレステロール値が低下
• 筋持久力が向上
• 肝臓への脂肪蓄積が減少
といった変化が確認されました。
これらは、加齢に伴い悪化しやすい代謝指標そのものであり、COX7RPの増加が全身の代謝老化を抑制している可能性を示しています。
ミトコンドリア機能と老化マーカーの改善
細胞レベルの解析では、ミトコンドリア呼吸鎖超複合体の形成が明らかに増加しており、それに伴ってATP産生量も上昇していました。
さらに、白色脂肪組織を詳しく調べたところ、複数の老化関連マーカーに好ましい変化が見られました。
• NAD⁺(補酵素)のレベルが上昇
• ROSレベルが低下
• 細胞老化マーカーであるβ-ガラクトシダーゼ活性が低下
加えて、高齢マウスの白色脂肪組織を対象に単一核RNAシーケンス解析を行った結果、加齢性炎症に関与する遺伝子の発現が抑制されていることも判明しました。
特に、老化細胞が分泌する炎症性因子群であるSASP(senescence-associated secretory phenotype)関連遺伝子の活性低下は、細胞老化そのものが抑えられている可能性を示唆します。
健康的な老化戦略への可能性と限界
研究を主導した東京都健康長寿医療センター研究所老化制御研究チーム (研究部長)の井上聡氏は、「老化と長寿を制御する新たなミトコンドリア機構を明らかにした」と述べています。
将来的には、ミトコンドリア超複合体の形成や機能を高めるサプリメントや医薬品が、健康寿命の延伸に寄与する可能性があるとしています。
一方で、この研究はマウスを用いた基礎研究であり、人間にそのまま当てはまるかどうかは現時点では不明です。
また、寿命延長効果も劇的なものではなく、老化を完全に止める手段ではない点には注意が必要です。
まとめ
・ミトコンドリア呼吸鎖超複合体の形成促進により、マウスの寿命と健康寿命が延長された
・COX7RPは、代謝改善と細胞老化抑制の両面に関与する重要な分子である可能性が示された
・ただし本研究は動物実験であり、人への応用には今後の検証が必要

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