「カフェインなしのコーヒー」でも脳と体は目覚める? 〜予期効果(アンティシペーション効果)〜

科学
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朝の目覚めにコーヒーを一杯……、という人は日本に限らず世界中に多く存在します。

 

これは単にコーヒーの味というだけでなく、眠気を吹き飛ばし、気持ちを切り替えて一日をスタートするためのルーティンとしても利用されていることでしょう。

 

そしてその覚醒作用の主な要因とされてきたのがカフェインです。

 

ところがこのたび、「カフェインを含まないデカフェコーヒー」であっても、脳と身体に目覚めの効果をもたらす可能性があるという興味深い研究結果が、スロベニアおよびオランダの複数の研究機関の共同研究によって発表されました。

 

この研究では、カフェインの有無にかかわらず、コーヒーの香りや味といった感覚的刺激や、それに伴う「期待」が身体や脳に与える影響に注目しています。

 

つまり、コーヒーがもたらす効果には、私たちの「習慣」や「思い込み」も深く関係しているかもしれないということです。

 

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

Your Coffee May Not Even Need Caffeine to Wake You Up(2025/05/29)

 

参考研究)

The complexity of caffeine’s effects on regular coffee consumers(2025/01/30)

 

 

研究の背景:コーヒーを飲むと目覚めるのは、カフェインだけの効果なのか?

 

私たちが日常的に口にするコーヒーには、カフェインという中枢神経刺激物質が含まれています。

 

このカフェインは、覚醒、集中力向上、疲労軽減といった作用を持ち、多くの研究でその有効性が確認されています。

 

世界中では、1日に20億杯以上のコーヒーが消費されており、その効果と人気の高さを裏付けています。

 

しかし一方で、カフェインには不安症状の悪化、不眠、心拍数の上昇などの副作用があることも知られています。

 

そのため、健康や睡眠の質を重視する人の間では、カフェインの摂取量を減らしたいという声も多く聞かれます。

 

そうした中で今回の研究は、「カフェインを含まないコーヒーでも、実は目覚めの効果を得られるのではないか」という仮説のもとに行われました。

 

研究の鍵となったのは、“予期効果(アンティシペーション効果)”です。

 

 

実験の設計:コーヒーの期待効果をどう検証するのか?

研究チームは、スロベニアおよびオランダの複数の大学・研究機関に所属する研究者らによって構成されており、実験は科学的に厳密な条件のもとで行われました。

 

習慣的にコーヒーを飲む人の反応を観察するため、実験では、1日あたり1〜3杯のコーヒーを日常的に飲んでいる20人の健康な大学生が対象となりました。

 

実験の前には以下の条件が課されました。

• 前夜に7時間以上の睡眠を確保すること

• コーヒー摂取は8〜11時間前から控えること

• 実験開始の2時間前からは飲食禁止

 

このような統制を行うことで、外的な要因を排除し、コーヒーの効果を正確に測定する環境が整えられました。

 

 

【実験の流れ】

参加者はまず、安静状態での脳波(EEG)および心血管系(血圧・心拍数)の測定を受けました。その後、2種類の認知テストを行いました。

1. 心的計算テスト(Mental Arithmetic Test)

 → 数学的な問題を解くことで、認知的負荷や注意力を測定

2. 聴覚オッドボール課題(Auditory Oddball Task)

 → 稀に鳴る特定の音にすばやく反応する反応時間テスト

 

続いて、参加者は2つのグループに無作為に分けられました。

• カフェイングループ:デカフェコーヒーに、体重1kgあたり6mgのカフェイン粉末を加えた飲料を提供

• プラセボ(デカフェ)グループ:純粋なデカフェコーヒーを提供

 

飲料摂取後、30分間の休息を挟み、再度脳波・心血管・認知テストを行いました。

 

 

主な結果:カフェインなしでも脳と体が反応?

 

実験の結果、参加者の心身にはさまざまな変化が見られましたが、カフェインの有無による決定的な違いはほとんど認められませんでした

 

1. 認知機能(計算テスト)

コーヒー摂取前後で、どちらのグループも心的計算テストの成績に大きな変化は見られませんでした。

つまり、集中力や計算力の明確な向上効果はなかったことになります。

 

2. 反応速度(オッドボール課題)

注目すべきは、反応時間の改善でした。カフェイン群では統計的に有意な改善が見られましたが、デカフェ群でも反応速度が明らかに短縮されていました。

 

この結果について、研究者たちは次のように述べています。

 

これは予期効果の影響である可能性が高いと考えられる。コーヒーの香りや味が脳に与える刺激、そして“今から覚醒する”という意識が反応時間を短縮させたのだろう

 

3. 脳波データ(EEG)

EEGの解析では、認知処理に関連する脳波が、コーヒー摂取後に上昇していることがわかりました。

これは特にカフェイン群で顕著でしたが、デカフェ群にも同様の傾向が見られました。

 

このことから、脳の覚醒状態は、カフェインなしでもある程度引き出されうることが示唆されます。

 

4. 心血管系の反応

予想外だったのが、血圧の上昇と心拍数の減少が、両グループで共通して見られた点です。

これまで、こうした反応は主にカフェインの影響とされてきましたが、今回はプラセボのデカフェコーヒーでも同じ変化が観測されました。

 

研究チームはこの点についても驚きをもって以下のように記しています。

 

「このような生理反応の一致は、カフェイン以外の要素(例えば香り、期待、習慣)による作用がある可能性を示している」

 

 

結論:朝のコーヒーに必要なのは「カフェイン」だけではない?

この研究結果が意味するのは、私たちが朝に感じる「コーヒーによる覚醒感」は、実際にはカフェインによるものだけではなく、習慣的な期待や心理的効果が大きく関係しているということです。

 

これらを踏まえて、研究の結論としては次のように述べられています。

  

コーヒーを模倣するような刺激は、カフェインの有無にかかわらず、驚くほど類似した認知的・生理的反応を引き起こす。このことは、定期的にコーヒーを摂取する人々が、カフェインなしの飲料にも反応する可能性を示唆している

 

 

今後への展望と応用可能性

今回の研究は、カフェイン摂取に慎重な人々にとっても朗報といえるでしょう。

 

たとえば、不眠や不安症状に悩む人でも、デカフェコーヒーを飲むことで“コーヒー効果”の一部を享受できるかもしれません。

 

また、心理学や神経科学の分野でも、プラセボ効果や予期効果がどのように生理反応に影響するかという新たな研究テーマが開かれる可能性があります。

 

この研究は、人間の知覚と期待がいかにして生理機能を変化させるかという点で、多くの示唆を与えてくれるものです。

 

 

まとめ

・デカフェのコーヒーでも、脳と身体に覚醒反応が見られることが明らかになった

・心的な期待や習慣がもたらす「予期効果」が、コーヒーの効果に大きく関与していると示唆された

・血圧や脳波などの生理的変化が、カフェインの有無を問わず起きていたことが予想外の発見であった

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