リノール酸など一部の食用油に含まれる脂肪酸が、乳がんの進行と関連

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日々の食事が健康に与える影響については、すでに多くの研究が蓄積されていますが、近年では「がん」との関係性にも注目が集まっています。

 

特に、がんの発生や進行に食事がどのように関与するのかを、細胞レベル・分子レベルで明らかにしようとする試みが活発化しています。

 

そうした中、アメリカ・コーネル大学医学部の研究チームが、一般的な食用油に含まれる「リノール酸」と、特に進行の速いタイプの乳がんとの間に分子的な関連性があることを突き止めました

 

この研究成果は、食生活のあり方を見直すきっかけとなり得る一方で、研究者たちは「過度に不安を煽るべきではない」と慎重な姿勢も示しています。

 

以下に、研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

Fat in common cooking oils is linked to aggressive breast cancer – but here’s why you shouldn’t panic(2025/04/14)

 

参考研究)

Direct sensing of dietary ω-6 linoleic acid through FABP5-mTORC1 signaling(2025/03/14)

 

 

リノール酸とトリプルネガティブ乳がんの関係

リノール酸は、オメガ6系脂肪酸の一種であり、大豆油、ひまわり油、トウモロコシ油などの植物性食用油に豊富に含まれている脂肪酸です。

 

今回の研究では、このリノール酸が、特に治療が難しいタイプの乳がんである「トリプルネガティブ乳がん(三重陰性乳がん)」において、がん細胞の増殖を直接促進する可能性があることが示されました。

  

Direct sensing of dietary ω-6 linoleic acid through FABP5-mTORC1 signalingより

  

この乳がんタイプは全乳がん症例の約15%を占めますが、乳がん自体の罹患率が高いため、影響を受ける患者数は少なくありません。

 

研究によると、リノール酸は「FABP5(脂肪酸結合タンパク質5)と呼ばれるタンパク質と結びつきます。

 

このFABP5は、トリプルネガティブ乳がんの細胞内で特に多く存在していることが知られており、リノール酸がFABP5と結合することで、mTORC1経路」という細胞の成長や代謝を調節する重要な経路が活性化されます。

 

この経路の活性化により、がん細胞の増殖が促進されることが、動物実験などの前臨床研究において確認されました。

 

実際に、リノール酸を多く含む食事を与えられたマウスでは、腫瘍のサイズが大きくなったという結果が報告されています。

 

さらに、トリプルネガティブ乳がん患者の血液サンプルを分析したところ、FABP5およびリノール酸の血中濃度が高いことも確認されており、ヒトにおける生物学的な関連性を示す重要な証拠となりました。

 

 

「すべてのがんに当てはまるわけではない」ことへの理解が必要 

研究の責任著者であるDr. John Blenisは、「この発見は、食事性脂肪とがんの関係を明確にする助けになると同時に、個々の患者に最適な栄養指導のあり方を定義するうえでの一歩になる」と述べています。

 

また、このメカニズムは乳がん以外のがん、例えば前立腺がんにも影響を及ぼす可能性があるとも指摘しています。

  

リノール酸は人間の体内で合成できない必須脂肪酸であるため、食品から摂取する必要があります。

 

肌の健康維持や細胞膜の構造維持、炎症調節などに関わる重要な脂肪酸ですが、現代の食生活では、過剰な摂取傾向が問題視されています。

 

特に加工食品や超加工食品、植物性油脂に多く含まれているため、オメガ6脂肪酸の摂取が過剰になりやすく、それに対してオメガ3脂肪酸(魚類やクルミ、亜麻仁などに多く含まれる)の摂取が不足する傾向があります。

   

この脂肪酸バランスの崩れは、慢性炎症を引き起こしやすくなり、がんを含むさまざまな疾患のリスクを高める要因になり得ます。

 

 

過去の研究との食い違い──個別性の重要性が浮き彫りに 

 

今回の研究は、リノール酸が特定の状況下でがんの進行を促進しうることを明らかにした点で重要ですが、これまでの観察研究との結果が異なる点にも注目が必要です。

 

たとえば、2023年に発表された14件の研究を対象としたメタアナリシス(35万人以上の女性が対象)では、食事から摂取するリノール酸と乳がんリスクの間に明確な関連性は認められないという結論が出されていました。(Linoleic acid and breast cancer risk: a meta-analysisより

 

このような結果の違いは、がんのサブタイプごとの分析や、がん細胞内のFABP5など個別の分子特性を考慮する必要があることを示しています。

 

実際に、別の研究ではリノール酸が乳がんのリスクを低下させる可能性があるとする報告も存在しており、あらゆる研究結果を文脈の中で捉える重要性が改めて浮き彫りになっています。

 

  

冷静な対応と「全体的な食生活」の見直しを 

この研究成果をもとに、「植物油=がんの原因」と単純に結論づけるのは早計です。

 

がんの発症や進行には、遺伝的要因や生活習慣、環境因子などさまざまな要素が複雑に絡み合っています

 

今回の研究が明らかにしたのは、「リノール酸が特定のがんタイプにおいて、がん細胞の成長を促す可能性がある」という点です。

 

とは言え、“FABP5の発現が高いことが確認されているようなハイリスク群においては摂取量を意識することが推奨される”一方、食事の中で食用の油を断つことが適切かについては明らかではありません。

 

参考記事内では、オリーブオイルのようにリノール酸の含有量が少なく、加熱に強い一価不飽和脂肪酸を多く含む油の活用も悪くない油の摂取源として考えられています。(個人的にはそれもオススメしませんが……)

 

また、果物や野菜を中心とした食生活も、がんを含む慢性疾患の予防に寄与するとし、一言で言うと「バランスの良い食事を心掛けるべし」というよく耳にする結論に辿り着きます。

   

しかし、このバランスの良い食事が人によって様々であることも事実な上、科学的に定量化された食事を継続することも難しいことが分かっています。

 

ハーバード大学の研究チームが約30年にわたり10万人以上を追跡した大規模研究では、果物・野菜・全粒穀物・ナッツ・低脂肪乳製品を多く含む食事パターンを取っていた人は、「健康的な加齢(70歳時点で重大な慢性疾患がなく、認知・身体・精神機能の障害がない状態)」を達成する割合が高かったと報告されています。

  

ただし、達成できたのは全体の1割未満であり、日常的な食習慣の改善が長期的健康に不可欠であることを物語っています。

   

世界がん研究基金World Cancer Research Fund)も、「植物油の適量な使用は安全であり、がんリスクに対する主な食事性因子は脂肪そのものよりも肥満である」と強調しています。

 

これらを踏まえると、植物油が健康か不健康かについては複数の意見があることも大きな課題であり、今後の研究によって結論が待たれるところです。

 

  

まとめ

・リノール酸が特定の乳がんタイプ(トリプルネガティブ)において、がん細胞の成長を促す可能性が明らかにされた

・脂肪酸の摂取バランスやがんの個別特性(FABP5の発現)を考慮する重要性が強調されている

・植物油の摂取と全体的な栄養バランスの見直しが推奨されている

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