長寿大国の悩みの一つであるアルツハイマー病。
2050年までに、その患者数は日本では586万人以上、米国では1,300万人以上にまで増加すると予測されています。
あるときまで元気だった老人が、病気や事故でベッドなど横になりがちになること、途端に認知症が発症、もしくは症状が急激に悪化するなんて話をよく耳にします。
2024年5月に学術誌『Alzheimer’s & Dementia』に掲載されました論文から、寝たきりのみならず、座りっぱなしによってもアルツハイマー病のリスクが高まることが示されました。
この研究は、運動習慣の有無に関係なく、長時間の座位行動が認知機能の低下や脳構造の変化と関連していることを明らかにしています。
研究を主導したのは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究統計学者Prabha Siddarth 博士であり、彼は本研究をこのように述べています。
「この研究は、一日の中でどのように身体を動かしているか、あるいは動かしていないかが、脳の健康に大きな影響を及ぼすことを示す重要な証拠である。座りがちな習慣は、アルツハイマー病の独立したリスク因子となり得る可能性がある」
今回のテーマとして研究の内容を以下にまとめます。
参考記事)
・Spending Too Much Time Sitting Could Raise Your Alzheimer’s Risk(2025/06/07)
参考研究)
アルツハイマー病リスクと座り時間との関連

研究では、合計404人の高齢者を対象に、日々の活動レベルと認知機能、脳の構造変化の関連性が調査されました。
参加者にはスマートウォッチが装着され、一週間にわたって日常の活動レベルが記録されました。
さらに、7年間にわたり神経心理学的評価と脳MRI検査が定期的に行われました。
その結果、被験者は平均して1日に約13時間を座って過ごしていることが判明しました。
重要な点として、運動量の多少にかかわらず、座っている時間が長い人々には以下の傾向が見られました。
• エピソード記憶の低下
• 各種の認知パフォーマンステストにおけるスコアの低下
• 特定の脳領域の萎縮
• アルツハイマー病に関連する神経画像指標(Neuroimaging Signature)の縮小
これらの兆候はすべて、将来的な認知機能の低下と関連しています。
さらに、APOE-ε4対立遺伝子という遺伝的リスク因子を持つ人々では、この関連性がより顕著でした。
なぜ座る時間が長いとアルツハイマー病リスクが上がるのか?
現時点では、なぜ座っている時間が長いとアルツハイマー病のリスクが上がるのか、その明確な答えはまだ見つかっていません。
ただし、Siddarth博士は座位行動が脳に与える生物学的なメカニズムとして、以下の事柄が関係している可能性がある、と説明します。
• 慢性炎症の増加
• 脳への血流の減少
• 糖代謝や脂質代謝の障害
• シナプス可塑性(神経接続の変化・適応力)の低下
• インスリン感受性の変化
これらはすべて、神経変性の進行に関与する要因と考えられています。
運動してもリスクが下がらなかった
驚くべきことに、この研究では日常的に運動している被験者であっても、長時間座っていれば脳への悪影響が見られたという結果が出ました。
補足としては、この結果は運動の脳への好影響を否定するものではありません。
Siddarth博士も、「運動は依然として脳の健康を維持するための強力な要素である。炎症を抑え、血管・代謝機能を支え、新たな神経細胞の生成を促す効果がある」と述べており、運動を控える理由にはならないとしています。
しかし問題は、「1日に30分運動しても、残りの15~16時間を座って過ごしていれば、運動の効果は相殺されてしまう」という点です。
つまり、運動と座位行動は一つのスケールの両端ではなく、独立した2つの要素なのです。
運動をしていても「座りがちな生活」が改善されていなければ、脳には悪影響が残る可能性があります。
日常生活にどのように「動き」を取り入れるか

研究者らは今回の研究を踏まえ、特別な運動習慣よりも「日中の動きの頻度と質」を意識することが重要だと述べています。
とくに遺伝的にアルツハイマー病のリスクが高い人にとっては、こまめな動きが脳の健康を守る鍵になる可能性があります。
「日中の軽い動きでも、血流を促進し、アルツハイマー病に関連する病理の蓄積を防ぐ効果が期待できる」と Siddarth 博士は説明します。
日常に取り入れやすい工夫としては、次のような方法が推奨されています。
• 30分ごとに立ち上がってストレッチをするようタイマーを設定する
• 電話中や会議の合間に歩く
• スタンディングデスクやウォーキングパッドを活用する
• 駐車場では建物から遠い場所に停める
• エレベーターではなく階段を利用する
• 移動が難しい場合は、椅子に座ったままできる運動を試す
重要なのは、もっと運動しようというよりも、いかに座る時間を減らすかという点にあると言えます。
研究の限界と今後の課題
本研究の懸念てんとして、参加者の属性に偏りがあることが指摘されています。
Siddarth 博士によれば、「参加者の多くが高学歴で非ヒスパニック系白人であり、もともと活動的な生活をしていた人が多かった」とのことです。
これは、より幅広い人種・社会的背景を持つ集団にこの結果を一般化するには限界があることを意味します。
今後はより多様な背景を持つ人々を対象とした研究が求められます。
まとめ
・長時間の座位行動は、運動習慣にかかわらずアルツハイマー病のリスクを高める可能性がある
・遺伝的リスクを持つ人ほど、この影響は顕著になる傾向が見られた
・座る時間を意識的に減らし、日常生活に軽い運動や動きを取り入れることが、認知機能の維持に重要
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