肺がんの発症要因として、最も広く知られているのは喫煙や大気汚染といった外的要因です。
しかし、私たちの身近にある「食生活」にも、肺がんと密接な関係がある可能性が、フロリダ大学およびケンタッキー大学による新たな研究によって示されました。
本研究は、肺がんのなかでも最も一般的なタイプである肺腺がん(lung adenocarcinoma)に焦点が当てられました。
肺腺がんは、世界中の肺がん症例のうち約40%を占める主要なタイプであり、喫煙習慣がない人にも発症することがあるという特徴を持っています。
本研究による分析は、そのメカニズムを特定するピースの一つになるとして注目されています。
今回のテーマとして、研究の内容を以下にまとめます。
参考記事)
・Scientists Discover Unexpected Link Between Diet And Lung Cancer Risk(2025/04/10)
参考研究)
・Glycogen drives tumour initiation and progression in lung adenocarcinoma(2025/04/11)
グリコーゲンと肺腺がん

研究チームが注目したのは、私たちの体内にあるグリコーゲン(glycogen)です。
グリコーゲンは、炭水化物から得られるブドウ糖(グルコース)を一時的に貯蔵するための分子であり、筋肉や肝臓に蓄えられて、身体活動時のエネルギー源として使用されることで知られています。
ところがこのグリコーゲンが、肺腺がんの進行を加速させる要因となっている可能性があることが、最新の研究で明らかになりました。
研究では、肺がんの患者から提供された組織サンプルを用いて、グリコーゲンの蓄積状況を解析。
その結果、肺腺がんの組織にはグリコーゲンが通常よりも高濃度で蓄積されていることが判明しました。
さらにマウスを使った実験でも、グリコーゲンの存在ががん細胞の成長に直接関係していることが確認されています。
グリコーゲンの蓄積を促進したマウスでは、がん細胞の増殖が速くなり、逆にグリコーゲンを抑制すると、腫瘍の成長が抑えられたのです。
分析では、「空間メタボロミクス(spatial metabolomics)」という最先端の技術が使用されました。
この手法は、組織内の特定分子の分布や状態を、位置情報とともに解析することを可能にするもので、病気の進行や分子間の相互作用を立体的かつ定量的に可視化する技術です。
グリコーゲンとがんの関係については、これまでもいくつかの研究が行われてきました。
がん細胞は非常に多くのエネルギーを必要とするため、体内のエネルギー源であるグリコーゲンを利用して活発に増殖するという仮説が立てられています。(Glycogen metabolism has a key role in the cancer microenvironment and provides new targets for cancer therapyより)
つまり、グリコーゲンはがん細胞にとって“エサ”のような役割を果たしているというわけです。
特に今回の研究では、マウスに与える食事内容が腫瘍の成長に与える影響も調べられました。
高脂肪・高炭水化物の食事を与えられたマウスでは、他のマウスに比べて肺腺がんの増殖が著しく促進されたのです。
これは、西洋型の食生活(Western diet)が、肺腺がんリスクを高める可能性を示唆する重要な結果といえます。
ただし、人間におけるグリコーゲンの役割や食事との因果関係については、まだ明確な証明がなされているわけではありません。
研究チームは今後、ヒトにおけるグリコーゲンとがんの関連性をさらに詳しく調査する必要があると述べています。
また、グリコーゲンの蓄積が確認されたのは肺腺がんの組織に限定されており、肺扁平上皮がん(lung squamous cell carcinoma)など他の肺がんタイプには見られなかったことも特筆すべき点です。
肺がんと一括りにせず、それぞれのタイプによって分子レベルの違いを理解することが、治療法の開発にもつながると考えられます。
フロリダ大学の分子生物学者Ramon Sun氏は、「私たちはこれまで、肺がんは食事にあまり関係しない病気だと考えてきた。膵臓がんや肝臓がんについては食事の影響が広く知られている一方で、肺がんにおいてはほとんど議論されていなかった」と語っています。
さらにSun氏は、がん予防の新たな方針として、「食生活の改善に向けた啓発活動や政策的な取り組みを、喫煙対策と同様に重要視すべきだ」と提言しています。
まとめ
・グリコーゲンの過剰な蓄積が肺腺がんの成長を促すことが、ヒトとマウスの実験で示された
・高脂肪・高炭水化物の食事ががん細胞のエネルギー源となり、腫瘍の増殖を助ける可能性がある
・肺がん予防においても、喫煙だけでなく、食生活の見直しが重要な要素となる
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