近年、健康的とされる野菜や果物に対して、「抗栄養素(Anti-Nutrients)」が含まれていることが議論の的となっています。
抗栄養素とは、植物に含まれる化合物で、体が鉄やカルシウムといった栄養素を吸収するのを妨げるものです。(Is There Such a Thing as “Anti-Nutrients”? A Narrative Review of Perceived Problematic Plant Compoundsより)
この概念が広まり、一部のインフルエンサーは野菜を避けるべきだと主張する動画が議論を呼んでいます。
しかし、専門家によると、ほとんどの人にとって野菜や果物の摂取による健康メリットは、抗栄養素の影響を上回ると考えられています。
SNSでの議論、「抗栄養素」とは?
SNSでは、Paul Saladino氏やTiffany Toombs氏など一部の健康志向のインフルエンサーが「抗栄養素は野菜の自己防衛システムの一部であり、人間に害を及ぼす」という旨の情報を動画で発信しています。
TikTokの有名な配信者であるPaul氏は、2022年の投稿で次のように述べています。

「なぜ植物の葉や茎、根、種を食べるのか?これらは植物の中でも特に防御が強化されている部分だ。植物はそこに防御化学物質を含んでいて、それが消化やホルモンバランスを乱し、体調を悪化させる。……」(Concentrations of thiocyanate and goitrin in human plasma, their precursor concentrations in brassica vegetables, and associated potential risk for hypothyroidismを参考にしている模様)
また、同じくTikTokerのTiffany氏は2024年6月の投稿で、「植物には爪や歯がないため、体内で分解できない化学物質を持っている」と発信しています。

このような主張は肉食(カーニボア)ダイエットの支持者を中心に広がっています。では、抗栄養素とは実際にどのようなものなのでしょうか?
抗栄養素の種類とその影響

抗栄養素は植物が害虫や病原体から身を守るために持つ化合物であり、一部は植物の成長や代謝にも関与しています。
しかし、これらの物質が人間の栄養吸収を阻害する可能性があることも事実です。
栄養士で作家のLauren Manaker氏は、「抗栄養素は必須栄養素の吸収を妨げる可能性があります」と述べています。
代表的な抗栄養素は以下の通りです。
• フィチン酸(Phytic Acid)
鉄・マグネシウム・亜鉛・カルシウムと結合し、吸収を妨げる可能性がある。
アーモンド、クルミ、トウモロコシ、小麦、米、大麦、オーツ麦、豆類などに含まれる。
(Phytates as a natural source for health promotion: A critical evaluation of clinical trialsより)
• シュウ酸(Oxalates)
カルシウムの吸収を妨げ、腎結石のリスクを高める可能性がある。
コーヒー、紅茶、ナッツ、ラズベリー、デーツ、ほうれん草、スイスチャード、ビートの葉、チョコレートに含まれる。
(Dietary Oxalate Intake and Kidney Outcomesより)
• レクチン(Lectins)
炭水化物と結合し、消化酵素に耐性があるため、胃腸に不快感をもたらすことがある。
トウモロコシ、ジャガイモ、全粒穀物、豆類、トマトに含まれる。
(Lectins, agglutinins, and their roles in autoimmune reactivitiesより)
• タンニン(Tannins)
鉄の吸収を阻害する。
ブドウ、ワイン、コーヒー、紅茶、ココア、リンゴ、豆類に含まれる。
(The Impact of Tannin Consumption on Iron Bioavailability and Status: A Narrative Reviewより)
• サポニン(Saponins)
鉄・亜鉛・ビタミンEの吸収を妨げる。
キヌア、ナッツ、種子、アルファルファ、豆類、ほうれん草に含まれる。
• ゴイトロゲン(Goitrogens)
甲状腺機能に必要なヨウ素の吸収を阻害する。
ブロッコリー、キャベツ、カリフラワーなどのアブラナ科野菜に含まれる。
(Antinutrients: Lectins, goitrogens, phytates and oxalates, friends or foe?より)
• プロテアーゼ阻害剤(Protease Inhibitors)
タンパク質の分解を妨げ、炎症や胃腸の問題を引き起こす可能性がある。
カボチャ、豆類、全粒穀物に含まれる。
では、抗栄養素は本当に悪いのか?
抗栄養素は栄養の吸収を妨げる可能性がありますが、必ずしも悪いものではありません。
例えば、フィチン酸やタンニンには抗酸化作用があり、レクチンには抗菌・抗がん作用があるとされています。
また、サポニンには抗炎症作用があり、プロテアーゼ阻害剤はHIVの治療に応用されることもあります。
抗栄養素を避けるべきか?
抗栄養素には一部デメリットがありますが、多くの専門家は「野菜を避けるべきではない」と考えています。
実際、研究では、植物中心の食生活に加えて、精製穀物や甘いものの制限などが心疾患、がん、死亡リスクの低下と関連していることが示されています。(Effects of Dietary Phytoestrogens on Hormones throughout a Human Lifespan: A Reviewより)
栄養士の Jill Nussinow は、「野菜や果物は、食物繊維、フィトケミカル、ビタミン・ミネラルを豊富に含んでおり、非常に栄養価の高い食品である」と述べており、完全に断つ必要はないとの見解を述べています。
ただし、消化の問題がある人や、特定の栄養素(鉄やカルシウム)を効率的に摂取したい人は、抗栄養素の影響を軽減する工夫が必要であることも注意点として挙げられています。
抗栄養素の影響を減らす方法
1. 食べ合わせを工夫する
• 抗栄養素と吸収を妨げられる栄養素を時間差で摂取する。
• 例えば、タンニンを含むコーヒーやブドウを朝食で摂った場合、鉄分が豊富なほうれん草は別の食事で摂るとよい。
2. 調理方法を工夫する
• 浸水、加熱、発酵によって抗栄養素を減らすことができる。
• 発芽(スプラウト)させることで、穀物の抗栄養素を減らすことも可能。
3. バランスの取れた食事を心がける
• 多様な食品を組み合わせることで、抗栄養素の影響を最小限に抑えつつ、必要な栄養素を摂取できる。
抗栄養素は一部の影響があるものの、野菜や果物の健康効果は依然として大きいです。適切な食べ方を工夫しながら、バランスの良い食生活を心がけることが重要です。
まとめ
・抗栄養素とは、野菜や果物に含まれる化合物で、鉄やカルシウムなどの吸収を阻害する可能性があるが、健康メリットもある
・SNSでの議論 一部のインフルエンサーが「抗栄養素は有害」と主張するが、専門家は野菜の利点が上回ると指摘
・害があるとしても、調理や食べ合わせを工夫すれば影響を軽減できるが、それ以上にバランスの取れた食事が重要
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