この記事では著書“図鑑心理学”を参考に、歴史に影響を与えた心理学についてまとめていきます。
心理学が生まれる以前、心や精神とはどのようなものだったのかに始まり、近代の心理学までをテーマとして、本書から気になった内容を取り上げていきます。
最初のテーマは「古代エジプトと古代ギリシャの医療観」です。
古代エジプトの医療観
「頭を使う」という言葉があるように、人が何かを考えるときには“脳が働く”というのが一般的な認識です。
高度な認知能力を持ち、脳の神経伝達を介して思考するという能力を身につけた人類ですが、人類の長い歴史の中では、必ずしもそうと考えられていないようです。
紀元前1550年頃に発掘された古代エジプトのパピルスには、時の宰相イムホテプの教えが記されています。
イムホテプは、古代エジプト第3王朝 (前2686頃~2613頃) 2代目の王ジョセルの宰相です。
国を治める政治家でもあり、ジョセル王と神とを繋ぐ神官でもあり、ピラミッドの建設を指揮した建築家でもあり、歴史上最初の医学者でもあります。
古代の人々が身体や心をどのように考えていたかを知る最初の手がかりは、をはじめとする古き医学者たちの軌跡から知ることができます。
イムホテプによれば、健康は心臓に由来するもので、脳は健康とは無関係だとしています。
「脳は鼻水を作る器官」と考えられていた逸話が残っているほどで、ミイラを作る際、心臓や肺、胃は取り除かれ、丁寧に壺に入れられましたが、鼻から吸引されて捨てられていました。
古代エジプトの人々や医学者にとって脳の役割は、単に身体から余分な熱を放出することだけでした。
一方心臓は、情動や思考、記憶を司る器官と考えられていました。
興味深いことに、日本語において強い感情や衝動的な行動を表す際、「心の底から」という言葉を使います。
古代エジプト人に限らず、太古を生きた人たちは、心の動きが心臓にあるだろうと考えていたようです。
古代ギリシャの医療観
さて、そんな心の動きは、時代を経てどのように変わっていったのでしょう。
時は進み紀元前4世紀頃。
古代ギリシャ時代を代表する外科医としてヒポクラテスがいます。
彼は、近代医学(西洋医学)の祖とも言われている人物です。
当時の病気に対する考え方は、“身体のなかの望ましくないものが悪魔や悪霊となって人に災いをもたらし、あらゆる病気の原因となっている”というものでした。
しかし、ヒポクラテスはこうした考え方を否定し、“病気とは、物質的な原因によるものである”と主張しました。
つまり、病気は悪霊などの仕業ではなく、現在で言うところの細菌やウイルスなどに原因があると考えたのです。
また彼は、身体的な疾患と精神的な疾患には何らかの関係があるとし、疾患に関する物理的な理由を追究しました。
こうして生み出されたのが、ヒポクラテスの“四体液説”です。
古代ギリシャの哲学者は、人間の身体を含め、世界のすべては基本的な物質(のちに元素と呼ばれる)から構成されていると考えていました。
それらの基本物質とは、土、空気、火、水というたった四つでした。
これらの元素による考え方が人間の身体にも応用され、黒胆汁、血液、黄胆汁、粘液の四つの体液として存在しているとヒポクラテスは主張しました。
それぞれの体液は元素の性質を表しており、以下のように情動に影響を及ぼすとされていました。
・火=黄胆汁
黄胆汁は、燃えさかる火のように激しい怒りを呼び起こす
・空気=血液
空気に満ちた血液は、血の気の多い楽観的な精神をつくる
・土=黒胆汁
土に関連した黒胆汁は、多すぎると気分が暗く不機嫌な精神をつくる
・水=粘液
水に関連した粘液は、冷静沈着な精神をつくる
身体と心が健康な人は、これらの物質がバランス良く混じり合っていますが、血の気が多すぎたり、気分が沈みすぎたりしていることが続くと、精神だけでなく身体にも病気となって現れると考えていました。
病は気からと言いますが、ヒポクラテスは不安定な精神が身体にも影響を及ぼすということにいち早く気づいていたようです。
さて、ここで注目したいのが、四体液説で示されたように、身体の中(精神も含め)の状態がその人の行動を決めるという点です。
心理学という言葉はまだこの時代にはありませんが、ヒポクラテスが起こした医学の転回は、心理学という概念も生み出したと言えるでしょう。
まとめ
・古代エジプトでは、心臓が健康の大元と考えられ、心の動きも心臓からくるものと考えられていた
・古代ギリシャごろになると、ヒポクラテスが病気は悪霊などの仕業ではなく、物質的なものによるものと主張した
・これによって四体液説が唱えられ、それまでスピリチュアルだった医学は大きな転回を迎えた
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