【前回記事】
この記事は、書籍「世界はラテン語でできている」を読んで興味深かった内容について抜粋して紹介する記事です。
この本は、古代ローマから用いられてきた言語が現代にどのように残っているのかについて書かれています。
政治、宗教、科学だけでなく、美術やゲームなど幅いジャンルに浸透している言葉について知ることで、世の中の解像度が上がって世界が少し楽しくなるかもしれません。
今回のテーマは、“聖職者の罪が軽かった時代”についてです。
ラテン語と聖書
〜引用&要約〜
中世西ヨーロッパにおいて聖書は、聖ヒエロニムスによるラテン語訳(ウルガタ)が読まれるのが一般的でした。
「ウルガタ」はミサなどで唱えられる典礼文や宗教音楽の歌詞となっていたり、宗教画などの芸術作品にも大きく影響を与えている書物です。
さらには聖職者たちもラテン語でコミュニケーションを取っていたほどラテン語はキリスト教において多大な影響力を持っていました。
また、今では一 見宗教に関係ないと思われる単語にも、語源を探ると宗教が関わっていることが多くあります。
ここからは、キリスト教におけるラテン語と関わりが深い言葉についてまとめていきます。
まずは最初に、“聖書の暗唱が左右した裁判”についての話をしようと思います。
聖職者の罪が軽かった時代
16世紀のイングランドでは、一般市民が受ける裁判と聖職者が受ける裁判とは内容が異なっていました。
今では考え難いことですが、大抵の場合は聖職者の場合は一般人よりも罪が軽かったのです。
では、その人が聖職者かどうかはどのように判別していたのでしょう?
それは、ラテン語の聖書の内容を知っているかどうかでした。
具体的には、次の一節が暗唱できるかどうかによってその者が聖職者なのかを判断していました。
ー節ー
「Miserere mei, Deus: secundum magnam misericordiam tuam;et secundum multitudinem miserationum tuarum, dele iniquitatem meam.」
ー訳ー
「神よ、あなたの大いなる憐れみによって私を憐れん でください。
そしてあなたの多くの憐れみによって私の悪を消してください」
ということは、この節を覚えてしまえば一般人でも聖職者扱いされるのでは……?
と思いますが、もちろん悪用してこの一節だけ覚えて、罪を犯しても軽い罰を受けるだけで済ませる人も出てきました。
結局この「裏技」が蔓延したせいで、暗唱による制度は廃止されるに至るのはまた別のお話……。
さて、この一節に出てくるラテン語をいくつか見てみましょう。
まずは、節の冒頭に現れた単語の“miserere”です。
“miserere”はmisereor(憐れむ)の命令形で、 英語のmiserable(憐れな)と同じ語源を持っています。
ミュージカルや映画で大ヒットしたフランスの小説「Les Misérables(レ・ミゼラブル )」の意味は、「憐れむべき人たち」です。
続いて紹介する単語は“secundum”です。
“secundum”は、「〜にしたがって」という前置詞です。
“sequor(従う、後を追う)”という動詞から派生しています。
英語の“second(2番目の)”も、元をたどればsequorにたどりつきます。
ボクシングなどの格闘技では、選手の付き添いやコーチ的な立ち位置の人物として“second(セコンド)”が存在します。
語源が「従う」だと分かれば、英語のsecondには「支持する」という意味があるのも納得できるのではないでしょうか。
また、secondには「秒」という意味もあります。
1秒というのは1時間を60に分け、さらにそれを60に分けたものなので 「1時間を2番目に分けたもの」という成り立ちなのです。
〜引用&要約ここまで〜
「秒のsecond」と「格闘技のsecond」が同じ語源だとは思いもしませんでした。
ラテン語を通じると、面白い共通点が見えてきますね。
ちなみに本書では、暗唱文後半の“dele”という単語についても説明されており、これは“deleo(消す)”の命令法、つまり「消して」という意味だそうです。
そして、このdeleoが英語の“delete(削除する)”の語源となっています。
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