絵画

芸術

なぜボッティチェリたちは塗料に卵を使ったのか

サンドロ・ボッティチェリやレオナルド・ダ・ヴィンチなどルネサンス期の芸術の代表とされる巨匠たちは、油とタンパク質の混合物を含む塗料を利用していたことが分かっています。 なぜ彼らはこういった塗料を使っていたのか……。 今回はその謎に迫った研究...(続きを読む)
芸術

そのときの「今」を歴史に残した大作~オルナンの埋葬~

ギュスターヴ・クールベ(1819~1877年) クールベが1855年の万博博覧会に出品する予定だった数ある作品のうち、審査に通らず出品できなかった作品に“画家のアトリエ”があります。 それともう一つ、神秘性や権威性が薄いことなどを理由に審査...(続きを読む)
芸術

クールベが描く表の世界と裏の世界~画家のアトリエ~

ギュスターヴ・クールベ(1819~1877年) 今回紹介するのはギュスターヴ・クールベが描いた名作“画家のアトリエ”です。 クールベが世界万博に絵を出品する際、絵のテーマが不適切として“オルナンの埋葬”とともに審査落ちしてしまった作品のひと...(続きを読む)
芸術

貫き通したドラクロワの流儀~ダンテの小舟~

イタリア人の詩人であるダンテ・アリギエリ。 24歳でこの世を去ったベアトリーチェのために書いたとされる“神曲”は、後の文学や言語学に大きな影響を与えました。 ダンテ・アリギエリ(1265~1321年) 当時、知識人が手にする書物といえば共通...(続きを読む)
芸術

ミレーが描いた貧しい農民の様子~落穂拾い~

聖書や神話の正しさや美しさを重んじる古典主義(及び新古典主義)。    18〜19世紀前期になると、古き芸術に対抗するように、今起きていることを情緒的に描き出すロマン主義が生まれます。  それに続く19世紀中頃、“あるがままの今(リアル)”...(続きを読む)
芸術

西洋絵画初の“普通の”女性の裸体~裸のマハ~

フランシスコ・デ・ゴヤ(1746~1828年)  ジェリコ、ドラクロワに続き、ロマン派の代表する人物であるフランシスコ・デ・ゴヤ。   過去に紹介した“黒い絵”などでも有名です。   14歳から絵の修業をし、数度の王立アカデミーへの出品と落...(続きを読む)
芸術

ドラクロワが描く自由と革命の象徴~民衆を導く自由の女神~

ジェリコが先導したロマン主義。 自由を求めた革命が盛んだった19世紀フランスでは、この自由や革命を主題としたロマン主義的な絵画が良く描かれるようになります。 そんな絵の代表として挙げられるのはやはりこの一枚。 ウィジェーヌ・ドラクロワ作「民...(続きを読む)
芸術

ジェリコが描いた一大スキャンダル~メデューズ号の筏~

メデューズ号事件という悲惨な海難事故からの奇跡の救出。  筏に乗った147人の内、極限状態を生き延びたのはわずか15人。  王党派による采配ミスが原因とされています。  当時のフランス復古王政のもとでこれを隠蔽しようとしたフランス政府でした...(続きを読む)
芸術

スペイン社会のかつての闇~異端審問~

フランシスコ・デ・ゴヤ(1746~1828年)  引き続きゴヤの絵から“異端審問”の紹介です。  カトリック教義の正統性を維持するため、スペインでは1478年から異端審問が制定されました。  制度が廃止される1834年まで行われていたスペイ...(続きを読む)
芸術

混乱を極めるスペインの比喩~殴り合い~

フランシスコ・デ・ゴヤ(1746~1828年)今回の絵画カテゴリーはフランシスコ・デ・ゴヤの黒い絵シリーズの紹介です。 当時の社会情勢を揶揄したとも取れる、ゴヤが描いた一枚の絵を紹介します。  殴り合いフランシスコ・デ・ゴヤ作「殴り合い」(...(続きを読む)
芸術

異端尋問への風刺~魔女の夜宴~

フランシスコ・デ・ゴヤ(1746~1828年) スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤは、近代絵画の第一人者として名を轟かせた人物のひとりです。 遅咲きの彼は、宮廷画家として絵を描くようになった43歳ごろから注目を集めるようになりました。 病...(続きを読む)
芸術

エル・グレコによる聖書の一幕〜キリストの洗礼〜

今回は聖書の一場面“キリストの洗礼”をテーマにした絵画の紹介です。 ヨルダン川で人々に善と正義の教えを説いていたヨハネ。 教えとともに洗礼を施す彼の前に、群衆に紛れてキリストも洗礼を受けにきました。 ヨハネ(または代理人)によってキリストへ...(続きを読む)
芸術

銀貨を得ることの正当性を主張した絵〜貢の銭(みつぎのぜに)〜

今回はマタイによる福音書の記されたペトロの物語をテーマとした絵についての紹介です。 若くして亡くなった巨匠マザッチョが描いた税にまつわる絵画について触れていこうと思います。 まずはマザッチョの軽い紹介から始めます。   マザッチョマザッチョ...(続きを読む)
芸術

英雄視される地獄の支配者~ベルゼブブを呼ぶサタン~

聖書において高位に存在していた大天使ルシフェル。 神が自分よりも人に対して愛を持って接していたことによる嫉妬や、自らの傲慢から神に叛逆したとされています。 神に背いたルシフェルはミカエルとの戦いの末地獄へ堕ち、サタンとして悪魔たちを支配する...(続きを読む)
芸術

勧善懲悪に込められた宗教的な対立~大天使ミカエルと叛逆天使たち~

早描きのルカルカ・ジョルダーノ(1634~1705年) 17世紀後半に活躍したナポリ派の巨匠ルカ・ジョルダーノ。(ナポリ派=17世紀ごろにナポリ近郊で活躍した画家たちの総称。) 絵を異常なほど早く書き上げる様子から、“早描きのルカ”の異名を...(続きを読む)
芸術

ボッティチェリが描いた春の訪れと愛~プリマヴェーラ~

プリマヴェーラ春(プリマヴェーラ)といえばサンドロ・ボッティチェリの作品が有名です。 フローラやアフロディーテ(ヴィーナス)をはじめ、美を表す神が多く描かれています。 フローラは古代イタリアの花と春の女神です。 花をまきながら春の訪れる告げ...(続きを読む)
芸術

時を越えて追求される美の形~ヴィーナスの誕生~

ヴィーナスヴィーナスといえば、サンドロ・ボッティチェリの描いた"ヴィーナスの誕生”が有名です。   それまではタブー視されていた女性の裸を表現した"恥じらいのポーズ”は、ルネサンス期を経て多くの画家の参考にされていきます。 今回はそんな人気...(続きを読む)
神話

最後の試練~クピドとプシュケ(終)~

の続き…。  冥界の美ヴィーナスから与えられた試練をなんとかクリアしてきたプシュケ。 彼女に与えられた最後の試練は、冥界の女王プロセルピナ(ギリシャ神話でのペルセポネ)から美を分けてもらうことでした。 エドワード・マシュー・ヘイル作「プシュ...(続きを読む)
神話

プシュケの受難~クピドとプシュケ③~

の続き…。  プシュケの試練ジュセッペ・クレスピ作「クピドとプシュケ」1707~1709年見えない夫との約束を破り姿を見てしまったプシュケ。  空に消えていった美しい羽の生えた彼を見て、プシュケはヴィーナスの息子のクピドだと理解しました。 ...(続きを読む)
神話

私との約束ではなく、姉の囁きを信じたのか!!~クピドとプシュケ②~

の続き…。 見えない使用人山頂にいたプシュケを連れ去った西風の神ゼピュロス。  次に彼女が気を取り戻したとき、深い森の中にある豪華な屋敷を目の前にしていました。  ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス作「クピトの庭に入るプシュケ」1903年...(続きを読む)
神話

嫉妬が生んだ神と人間の恋~クピドとプシュケ①~

ヴィーナスの怒りヴィーナス何の価値もない男と結ばせるのです。あるところに、美人の三姉妹を持つ王と王妃がいました。  特に末っ子のプシュケは驚くほど美人で、人々の間では「まるで女神のようだと。」と広く伝わっていました。 それは民衆の神を崇める...(続きを読む)
芸術

宗教・聖書・美術…歴史の中で形成された純粋無垢なイメージ像~天使~

天使神の意志を伝える代理人として語り継がれてきた天使。  その姿と言えば鳥の羽を生やした人間のような姿をしていることが多く見られます。   天使=エンジェルという名の語源は、語代ギリシャ語で使者を意味する"アンゲロス”に由来します。   天...(続きを読む)
芸術

悪徳に対する勇気の象徴?~ユディト~

男の首を切る女性の絵。   これらの絵を見てどのような印象を受けますか? これは旧約聖書に登場する"ユディト”という女性を題材に描かれた絵画です。 今回はこのユディトに関する話と、時代によって変わる印象の違いに触れていきます。  【あらすじ...(続きを読む)
芸術

西洋風景画の再興〜クロード・ロラン〜

途絶えた自然描写ラスコー洞窟の壁画古代の壁画には動物の姿や周りの風景などを描写した自然描写が所々に確認されています。  しかし、中世に入るにつれてその描写は薄れていきます。  17世紀初頭に入り古典風景画というジャンルが確立されまで、風景が...(続きを読む)
宗教

迫害や脅迫からの抵抗の象徴~スザンナの水浴~

スザンナの水浴(あらすじ)旧約聖書のシーンの一つである"スザンナの水浴”は、裕福で真面目な夫ヨアキムの妻"スザンナ”が主人公の物語です。  美しく気品溢れるスザンナは、毎日家の庭で水浴をすることが日課でした。  ある日いつものように水浴をす...(続きを読む)
宗教

人間の思い上がりと神の怒り~バベルの塔~

ノアの子孫ヤーコプ・ファン・デル・ウルフト作「バベルの塔」1689年 世界が大洪水にのまれてしばらく経った後の物語。  ノアの子孫たちは東メソポタミアのシンアルという場所に定住していました。 彼らは祖先が同じであることから、共通の言語を使っ...(続きを読む)
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